カテゴリー: politti

「言っても通じない」

言論を超えたところを
宗教は民に語ってくる

故に宗教がからんだとき
言論は覆い潰されてしまう

それこそが政教分離が必要な理由では
ないのだろうか。

ヨーロッパ諸国が無数の戦争を続けてきた理由の多くは宗教戦争だ。

もちろん、十字軍から現在まで続く
キリスト教諸国とイスラム教諸国との戦争もそうだ。

そして世界中で
「テロ」とされる行為も
多くは宗教観が原因ではなかったか?

宗教は「正義」を生み
正義は信者には絶対である。

然るに
反対からみればそれは「悪」となる。

けして交わらない絶対正義と絶対悪。

「言って通じる相手ではない」

それは「戦い」になる。
永遠に。

個人やコミュニティで信仰を持つのは自由であるし
それが心の安定や、成長にとって
役に立つこともあるのだろう。

が、宗教は権力を持つべきではないし、
増して政治に関わるべきではない。

と、私は改めて思う。

憲法では政教分離が明記されている。

今はまず、
その意味を問い直すときでは
ないのだろうか?

マスメディアの人々。
個人メディアの人々。

すべての人。

「言っても通じない」ことは、どんなことですか?

それは、許せないことですか?

「通じないのが普通」と考えることは、できますか?

81-18 x 2

昨日も全然ちがうところで

「1984」の話をアメリカ人から聞いたのだけど、

現実が「真理省」に接近している今、

メディアで仕事してる人は、大変なんだろうな、

居場所はあるのかな、戦ってるのかな、

しっかり上を向いてるのか、萎縮してるのか、

それとも気にしてないのかな。

こんな中で続けている人には敬服。それには違わない。

メディアに圧力かけてた人たちが

言論弾圧の被害者面をして絨毯をめくっているのが

ひどすぎて、こちらは前羽と後翅を伸ばして

異世界にでも行きたくなる。

真理省とファンタジー、どちらもあまり、長居するところじゃないな。

とはいえ、感覚は研ぎ澄まされてくる。


トラック。

1マイクだけか、2トラックだけか、でも作品は作ってきたのだけど、

時折、やたら沢山のトラックを並べるときがある。

打ち込みでもないのに4〜50トラック、マイク録音を重ねたりしてると

やはり、何がよかったのか収集がつかなくなる。

あともどりも嫌で、いつまでも、さきのばしをするのだが、

今日はバッサリ、切り落としてみた。

テンポも変えて、全部ゼロからやりなおす。

手応え。その方が面白い。

仁王服

朝から思わぬ二往復

今日からは

空もますます

騒がしくなる


暴力は何もほどかない

暴力は憎悪と次の暴力と

誤った扉を開くだけだ。

武力は何もほどかない

何十億の怒りで

この星を火にしたいのか

何十億もの

それでも堪えている水の心を

見ようとしないのか?


メディアは何事もなかったかのように

エンターテイメントを流す

何事もないようにモーフィングしていくのに

長けた人類

霊はなにを運んでくるだろう、ことしの盆は。


もう少しで

みつかりそうな

感覚にそれでも励まされる 答えは自分という筒を通っていく

つかまえられても られなくても

election day

投票日だった。

午後3時頃に投票所へ。係員:投票者は8:3か。
出口調査もなし。

時間帯もあるだろうし、出たあとで数台車が入ってきたが、
ここ10年で見ても。

嘘だろう? これが現実。
画面の向こうだけじゃない。


郵便受けを見ると、またオケラが入っている。

今度はまだ元気だ。手に取ると凄い勢いで指の間をかき分ける。

痛いぐらいだ。動きが速い。

プランターに入れるわけにはいかないので、空き地の土に放す。

ぐんぐん掘り進んでいった。


結果が出た。

とてもとても、残念だ。

一匹狼とスガンの山羊

僕は

一匹狼の人が好きで
群れる人は好きでなく。

意見や価値を計るのに
「人の数」は人類共通のものさしで

スーパーの売り上げも
手袋屋の存続も
選挙も
人や物の「数」で成り立っている。

だから、人は「人数」を集めるために
日々、奔走する。
知力、体力、全力を使って、人の数を増やす。

商品を買ってくれる人の数
リコメン記事に反応してくれる人の数

魅力、魔力、威力、表面張力。

閑古鳥ギャラリーを維持してくれる人の数
ライヴに来てくれる人の数
再生してくれる人の数。

フォロワー数、いいね数。

なので、僕の価値観は
そもそも現実にかなっていない。

21世紀もクォーターに近づき、
クーの理想はますます遠のく。
こまっちまうな。

僕が人と群れるのが好きで
流行りが好きで社交的な人が好きで

だったら楽なんでしょうね。


群れはいろいろな形をとります。

「一致団結」すればスイミーの仲間も
大きなマグロを追い払えるとか

よさそうです。

ほんとかな。


群れは、いいリーダーがいて
はじめていい動きをする。

ひどいリーダーがトップに立っている状態で
群れることを強いられる人々はどれほど辛い。

それとも、そんなこと気づかない。


今日も、それはひどいニュースがあって、
結構落ち込んでいる。

音楽は、体制翼賛に組み込まれたら、
それはもう、軍歌の時代なのさ。

まずは餌を与えられて、次は手綱を握られて、
次はあらゆる表現が、おかしなことになってく。

出来の悪い、漫画の中の話なのさ。


そう、コロナを「奇貨」として
あらゆるドミノが、悪い方に崩されていく。

もう少しいい、ピタゴラスイッチは、
ないのかい?

そんなものに、頼ろうとするから
ダメなのかな。


燕がまだ宙返りする古い街並みで、
フィラメントの列を懐かしく思い

バーバーのあの模様って、回転ネジ式なのか上がってくのか
今日と言う今日は…
わからぬまま、夜が更けてく

HISEN

2022年6月末。

ニュースをあまり見ない僕でも感ずることを記す。

世界の混乱は続き 日本は 戦争経済に転げ落ちようとしている。

3.11 直後からその兆候はあったが、2015年以降加速したその動きは

もう隠す必要もないとばかりにあからさまになった。

先週の日曜討論でも
多くの政党が「骨太で突っ込んだ」論を展開していた。

宇宙・サイバー空間での開発
装備品の製造は中小・零細企業が行う重要な産業

すでに彼らの中ではここまで来ている。
戦時体制と同じことを、当然のように言う。
あり得ないことも、画面の両側から言えば、国民はなびくだろう。
古典的な連携プレーだ。

こういった言葉から読み取れるのは

「最先端分野」企業と学術機関
「中小・零細」企業と労働者

これらに軍事関連の利益誘導をする
つまり依存させ、反対できなくするということだ。

原発利権、オリンピック利権、改憲 CM 利権に続き、
露わになってきた、戦争経済のシルエット。

この国の大人たちが、とても情けない。

 

「すべての武器を楽器に」

喜納昌吉さんの言葉である。素晴らしい理念だと思う。

だが。

一旦戦争になれば。あるいは戦時経済体制になれば。

楽器メーカーも軍需工場と化したのがこの国の歴史なのだ。
あるいは世界的にもそうかもしれないが。

卵と鶏の話ではないが、戦争を防ぐに正解の順番はない。

片方に戦争をしたいものがいて、また戦争で大きな利益を得るものがいる。
あるいはそれをただ弄ぶもの、おこぼれにあずかるものがいる。

それらは常に あらゆる瞬間に 蜷局を巻いている。

 

平和とはお花畑の妄想ではない。
(そもそも花を育てるのは、愛情と精魂と手間隙のかかる大仕事である)

この世で、戦わない、ということが、どれほど難しいことなのか。

「相手は言うことをきかない、軍備には軍備しかない」

それは違う。何十回も交渉し、手玉に取られた政府が言う言葉ではない。
国民に対するすり替えは通用したとしても、
交渉力のないものは、必ず負ける。たとえ技術や軍備を持っても、仕組みで負けるのだ。

ロシアや中国の軍拡は愚かなことだ。それはアメリカも同じこと。

一方、それは戦争の恐ろしさをその身で
知ることのない支配者の愚かな性でもある。

「戦争に勝った」者は
それに気づかない。

第二次大戦終了までの日本がそうであったように。

大日本帝国が勝ち目のない戦争に転げ落ちていった
あの道

とても似た道を今の日本は辿っている。

僕は戦争体験者ではない。が、もはや本当の戦争体験を持つ方々の多くが世を去り
いろいろなことがリセットされようとしている。

「戦争せざるを得ない事情があった」
そういう空気だった、逆らえなかった、
逆らったら村八分にされ、投獄され、やがて殺された。
誰が悪いわけでもなかった、国際事情だった、

そして誰も責任を負わなかった。
国中が焼き尽くされ、原爆を落とされ、
火炎放射器で人々が焼き払われても。

若者は麻薬漬けで軍艦に体当たりをさせられ、
兵士は何の恨みもなかった筈の人々を虐殺し、その数を競い合った。
飼い犬まで爆弾を背負わされかけたという。

すべてが狂っていた。

そんな戦時中が、再現されようとしている。

まだ間に合う。
世界を間違った方向に導くな。
みちびかれるな。

Don’t be the lemmings, packed into metal boxes.

みらいは、そっちじゃない。

安全保障理事会

日曜討論をテレビでやっている。

話が噛み合わないのは当然としても

戦争をやりたくて仕方のない大人が嬉々として話す。

「日本を守る」とは

彼らにとっては、「日本の国家体制を守る」ということだ。

残念ながら、それは国民を守ることではない。

国民の命を守る、ということは

彼らにとっては、前線で戦わされる人を守ることではない。

空襲に遭い、逃げ惑う人を守ることでもない。

これは残念ながら、ずっとそうだ。太平洋戦争も、その前も、その昔も。

未だに歴史物語や大河ドラマでは、人々をコマのように扱い手柄を競った者が

歴史を作ったかのようにされている。

それは何もこの国に限ったことではない。

古今東西、そのような摺り替えが

何故ずっと通用しているのか、不思議でならない。


ロシア、中国、北朝鮮。これらの国名が踊る。

彼らを専制と貶しながら、彼らの体制に倣って自らも軍事国家を目指す。

ミイラ取りは進んでミイラになる。

SDGs、環境保全、人権。温暖化対策。

戦争はどんな題目も軽く握り潰し、灰塵にする。

どうして権力者は戦争を求めるのだろう。「だから」なんだろうか。

彼らにとっては遊戯に過ぎない。あるいは「ドラマ」に過ぎない。

賭博の材料に過ぎない。カジノと戦争もセットになっている。

どうして有権者はそれに乗るのだろう。

そこに気づかない限り、日本はまた滅びます。

次はロシアや中国に進駐される。その時、自民党は掌を返すだろうな。


現在、国連で中国とロシアが拒否権を発動し、という話があったが、

なぜそれができるのか、数秒考えてみよう。

国連の「安保理常任理事国」は

中国、ロシア、フランス、イギリス、そしてアメリカである。

これは、第二次世界大戦の戦勝国だから、である。

そもそも、「国際連合」とは “United Nations” すなわち

「連合国」”United Nations” から来ている。英語の名称も同じだ。

「枢軸国」である日本、ドイツ、イタリアに対抗し、戦勝した組織だ。

日本は、国連の「敵国条項」適用国である。

この立場の国が何を言っても、敵国の遠吠え、三蔵法師の掌。

もちろん、政府はそんなことを知らぬほど無能ではないだろう。

それが分かっていて、国民の支持を得る(欺く)材料にしている。

日本を軍国化したいのはもう一つ、アメリカの軍需産業。

そして、おこぼれで儲けたい国内企業。あるいは部品は中国で作るかもしれない。

そして、人が死ぬ。兵器(「装備品」と言い換えられている)って何かわかる?

人々を殺し、町を焼き、文化を無意味にする道具。

画面観てゲームやってちゃ、わからない。

人間の心を狂わせ、命を奪うもの。決して使われてはならないもの。

もう、作られる前から、政治家も経済界も狂ってきている。


改めて気づかされる。この世界がほとんど茶番だということ。

茶番の中で筋書きをし、波に乗って生きているのが人間だということ。

あるいは、そうさせられているのかもしれない。

歴史とは公平でもなんでもない。差別的視点によってつくられたもの。

気が遠くなる。

だが生きねばならないし、これからを生きていく。

Klein bottle

こうも沢山駄文を綴っていると
つい二ヶ月前に何を書いていたのか探すのが面倒だが

ビザンチン〜コンスタンティノープル=イスタンブール〜スルタン
の流れに引っ掛かっていたフックは
Dire Straits の Sultans of Swing だけじゃなくて

先日から綴っている Atlantic の名プロデューサー
Arif Mardin にも結びつく。

Atlantic 自体が元来、トルコ系アメリカ人によるレーベルで
創立者の Ahmet Ertegun は、そのものズバリのオスマン帝国、コンスタンティノープルに生まれている。

Mardin の家系は、オスマン帝国でも政治家や外交官、軍やビジネスの実力者だったようで
要は想像を絶する「力」を持つ人々だったということだ。

ヨーロッパ、キリスト教世界を震え上がらせたオスマン帝国。
彼らが軍事でなく音楽に、その力と(そして才能と心を)注いでくれ、Aretha も、Laura Nyro も、Hall & Oates も、Chaka Khan も Green Gartside も、あれだけの音楽を生み出してくれた。Aretha の “Day Dreaming” ができたときの、彼らの気持ちはどんなものだっただろう。

Nica 夫人しかり。

世界は単純な対立じゃなく、あちらとこちらはいつもつながっている。クラインの壺ってことか。

balm to heal

目覚めると雪。

ここでは滅多に降らないのだが、土にも少し積もっている。舗道はまだ。

階段で滑りそうやで気ぃつけや、
ほんまにすべっとぉ。

もう何年履いてるかわからないサンダルはツルツルだし
スニーカーもずいぶん履いてるからやはり滑ってしまう。

毎年オニツカタイガーを履き替える、いつか立てた目標は
タイガーショップが近くの街から出て行ったこともあり、もうずいぶんお預けだ。

ピンクの靴紐が、いつかのどんど焼きで火の粉を受けて焦げてしまい、
そのまま履いている。


nika, nica, nina ときて、つぎは necho か。

ねこといってもニャーではない。エジプトにネコ王というのがいた。

それで…いや、無理はしないでおこう。


昔やっていたゴスペルのアレンジを、Kanye West の近年のグループがほぼ記憶の通り演っているのを知る。
懐かしい…これって20Cから定着してるキーボードアレンジなんだろうか?
Clark Sisters のに基づいてるのだろうけど若干違う。

そこのベーシストの名にちなみ、今日は nicho さんということで。

ラヴとピースをキラうパレス

画面の Nina Simone と
前ゆくMini Clubman が
同じオレンジ色してたさ


去年もそうだったが、しばらくはこのカレンダー「たこやき」状態を続けようと思う。


1月13日は、先日話題にした Nika Riots が起こった日らしい。
532年、コンスタンティノープル。

当時の人の数え方って、どこまで正確なんだろうか。
甲子園や東京ドームの観客数でも長いこと下駄を履かせてたのに(今は知らない)

歴史書に記された「何万人」をどう受け取っていいのか、いつも悩む。

それはそうとしても、Nika Riots は
古代からの「民主政」と「帝政」のねじれが引き起こした最悪の悲劇、なのかもしれない。
パンを国から与えられ、競馬場でのスポーツ(殺し合いが多かったろうに)に熱狂する民衆。
彼らは応援団の派閥となり、日常生活や政治圧力にも大きく関わっていたという。

隣接する宮殿の皇帝は皇帝で、戦争準備に明け暮れる。

結果は殺戮、を経ての戦争、やがては皇帝歓呼を行う偽装市民「デーモス」を雇っての専制。

何故か既視感のある話。教師に反面教師、たくさんいる。


寒さが体を刺すが なんだか目が醒める冬。

Ravel と Nina を聴いて少し遅くまで起きてしまった。

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