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一匹狼とスガンの山羊

僕は

一匹狼の人が好きで
群れる人は好きでなく。

意見や価値を計るのに
「人の数」は人類共通のものさしで

スーパーの売り上げも
手袋屋の存続も
選挙も
人や物の「数」で成り立っている。

だから、人は「人数」を集めるために
日々、奔走する。
知力、体力、全力を使って、人の数を増やす。

商品を買ってくれる人の数
リコメン記事に反応してくれる人の数

魅力、魔力、威力、表面張力。

閑古鳥ギャラリーを維持してくれる人の数
ライヴに来てくれる人の数
再生してくれる人の数。

フォロワー数、いいね数。

なので、僕の価値観は
そもそも現実にかなっていない。

21世紀もクォーターに近づき、
クーの理想はますます遠のく。
こまっちまうな。

僕が人と群れるのが好きで
流行りが好きで社交的な人が好きで

だったら楽なんでしょうね。


群れはいろいろな形をとります。

「一致団結」すればスイミーの仲間も
大きなマグロを追い払えるとか

よさそうです。

ほんとかな。


群れは、いいリーダーがいて
はじめていい動きをする。

ひどいリーダーがトップに立っている状態で
群れることを強いられる人々はどれほど辛い。

それとも、そんなこと気づかない。


今日も、それはひどいニュースがあって、
結構落ち込んでいる。

音楽は、体制翼賛に組み込まれたら、
それはもう、軍歌の時代なのさ。

まずは餌を与えられて、次は手綱を握られて、
次はあらゆる表現が、おかしなことになってく。

出来の悪い、漫画の中の話なのさ。


そう、コロナを「奇貨」として
あらゆるドミノが、悪い方に崩されていく。

もう少しいい、ピタゴラスイッチは、
ないのかい?

そんなものに、頼ろうとするから
ダメなのかな。


燕がまだ宙返りする古い街並みで、
フィラメントの列を懐かしく思い

バーバーのあの模様って、回転ネジ式なのか上がってくのか
今日と言う今日は…
わからぬまま、夜が更けてく

HISEN

2022年6月末。

ニュースをあまり見ない僕でも感ずることを記す。

世界の混乱は続き 日本は 戦争経済に転げ落ちようとしている。

3.11 直後からその兆候はあったが、2015年以降加速したその動きは

もう隠す必要もないとばかりにあからさまになった。

先週の日曜討論でも
多くの政党が「骨太で突っ込んだ」論を展開していた。

宇宙・サイバー空間での開発
装備品の製造は中小・零細企業が行う重要な産業

すでに彼らの中ではここまで来ている。
戦時体制と同じことを、当然のように言う。
あり得ないことも、画面の両側から言えば、国民はなびくだろう。
古典的な連携プレーだ。

こういった言葉から読み取れるのは

「最先端分野」企業と学術機関
「中小・零細」企業と労働者

これらに軍事関連の利益誘導をする
つまり依存させ、反対できなくするということだ。

原発利権、オリンピック利権、改憲 CM 利権に続き、
露わになってきた、戦争経済のシルエット。

この国の大人たちが、とても情けない。

 

「すべての武器を楽器に」

喜納昌吉さんの言葉である。素晴らしい理念だと思う。

だが。

一旦戦争になれば。あるいは戦時経済体制になれば。

楽器メーカーも軍需工場と化したのがこの国の歴史なのだ。
あるいは世界的にもそうかもしれないが。

卵と鶏の話ではないが、戦争を防ぐに正解の順番はない。

片方に戦争をしたいものがいて、また戦争で大きな利益を得るものがいる。
あるいはそれをただ弄ぶもの、おこぼれにあずかるものがいる。

それらは常に あらゆる瞬間に 蜷局を巻いている。

 

平和とはお花畑の妄想ではない。
(そもそも花を育てるのは、愛情と精魂と手間隙のかかる大仕事である)

この世で、戦わない、ということが、どれほど難しいことなのか。

「相手は言うことをきかない、軍備には軍備しかない」

それは違う。何十回も交渉し、手玉に取られた政府が言う言葉ではない。
国民に対するすり替えは通用したとしても、
交渉力のないものは、必ず負ける。たとえ技術や軍備を持っても、仕組みで負けるのだ。

ロシアや中国の軍拡は愚かなことだ。それはアメリカも同じこと。

一方、それは戦争の恐ろしさをその身で
知ることのない支配者の愚かな性でもある。

「戦争に勝った」者は
それに気づかない。

第二次大戦終了までの日本がそうであったように。

大日本帝国が勝ち目のない戦争に転げ落ちていった
あの道

とても似た道を今の日本は辿っている。

僕は戦争体験者ではない。が、もはや本当の戦争体験を持つ方々の多くが世を去り
いろいろなことがリセットされようとしている。

「戦争せざるを得ない事情があった」
そういう空気だった、逆らえなかった、
逆らったら村八分にされ、投獄され、やがて殺された。
誰が悪いわけでもなかった、国際事情だった、

そして誰も責任を負わなかった。
国中が焼き尽くされ、原爆を落とされ、
火炎放射器で人々が焼き払われても。

若者は麻薬漬けで軍艦に体当たりをさせられ、
兵士は何の恨みもなかった筈の人々を虐殺し、その数を競い合った。
飼い犬まで爆弾を背負わされかけたという。

すべてが狂っていた。

そんな戦時中が、再現されようとしている。

まだ間に合う。
世界を間違った方向に導くな。
みちびかれるな。

Don’t be the lemmings, packed into metal boxes.

みらいは、そっちじゃない。

よき船出を

小坂忠さんの HORO を聴く。

学生の頃に、後輩(変な言葉だ、たまたま次の年に入学しただけなのに)たちがカバーしてて
京都の拾得でやったりしていた。

ほうろう も ふうらい坊 も、そこで初めて耳にしたのだと思う。
そのバンドのシンガーで、レコードコレクターで、風来坊を絵に描いたような、
たぶん熊本あたりにいる S くんという人は、かなりいい声をしていて、
その彼の声の記憶と小坂さんの声で、二倍に楽しめるレコードでもある。
あくまで個人の感想である。

矢野さんアレンジの弦も、細野さんの空間ビート、
林さんのスネアにも改めて惚れ惚れする。

雲の上に到達してるのがわかる。
気持ちいい。視界無限。

小坂さんは確か2000年だったか、Groove Dynasty という国際フォーラムでのイベントで
Tin Pan のゲストで出演されてたのを観たのが初めてで、唯一だった。

音がゴワンゴワン回る…当時は…会場で、Tin Pan の隙間を生かした演奏は圧倒的にかっこよくて
小坂さんの歌も最高だった。

唯一、お会いできたのは新幹線の中だったか。金沢駅に到着する少し前、数年前。pf の小林さんの横で一言だけご挨拶できた。もう二ヶ月も前に出航されて、とうに外海でしょうか。

SNS をしなくなると本当に色々なことに疎くなる。

r.i.p. っていうのはこの人のためにある言葉ですね。日本では。
そして von voyage.

安全保障理事会

日曜討論をテレビでやっている。

話が噛み合わないのは当然としても

戦争をやりたくて仕方のない大人が嬉々として話す。

「日本を守る」とは

彼らにとっては、「日本の国家体制を守る」ということだ。

残念ながら、それは国民を守ることではない。

国民の命を守る、ということは

彼らにとっては、前線で戦わされる人を守ることではない。

空襲に遭い、逃げ惑う人を守ることでもない。

これは残念ながら、ずっとそうだ。太平洋戦争も、その前も、その昔も。

未だに歴史物語や大河ドラマでは、人々をコマのように扱い手柄を競った者が

歴史を作ったかのようにされている。

それは何もこの国に限ったことではない。

古今東西、そのような摺り替えが

何故ずっと通用しているのか、不思議でならない。


ロシア、中国、北朝鮮。これらの国名が踊る。

彼らを専制と貶しながら、彼らの体制に倣って自らも軍事国家を目指す。

ミイラ取りは進んでミイラになる。

SDGs、環境保全、人権。温暖化対策。

戦争はどんな題目も軽く握り潰し、灰塵にする。

どうして権力者は戦争を求めるのだろう。「だから」なんだろうか。

彼らにとっては遊戯に過ぎない。あるいは「ドラマ」に過ぎない。

賭博の材料に過ぎない。カジノと戦争もセットになっている。

どうして有権者はそれに乗るのだろう。

そこに気づかない限り、日本はまた滅びます。

次はロシアや中国に進駐される。その時、自民党は掌を返すだろうな。


現在、国連で中国とロシアが拒否権を発動し、という話があったが、

なぜそれができるのか、数秒考えてみよう。

国連の「安保理常任理事国」は

中国、ロシア、フランス、イギリス、そしてアメリカである。

これは、第二次世界大戦の戦勝国だから、である。

そもそも、「国際連合」とは “United Nations” すなわち

「連合国」”United Nations” から来ている。英語の名称も同じだ。

「枢軸国」である日本、ドイツ、イタリアに対抗し、戦勝した組織だ。

日本は、国連の「敵国条項」適用国である。

この立場の国が何を言っても、敵国の遠吠え、三蔵法師の掌。

もちろん、政府はそんなことを知らぬほど無能ではないだろう。

それが分かっていて、国民の支持を得る(欺く)材料にしている。

日本を軍国化したいのはもう一つ、アメリカの軍需産業。

そして、おこぼれで儲けたい国内企業。あるいは部品は中国で作るかもしれない。

そして、人が死ぬ。兵器(「装備品」と言い換えられている)って何かわかる?

人々を殺し、町を焼き、文化を無意味にする道具。

画面観てゲームやってちゃ、わからない。

人間の心を狂わせ、命を奪うもの。決して使われてはならないもの。

もう、作られる前から、政治家も経済界も狂ってきている。


改めて気づかされる。この世界がほとんど茶番だということ。

茶番の中で筋書きをし、波に乗って生きているのが人間だということ。

あるいは、そうさせられているのかもしれない。

歴史とは公平でもなんでもない。差別的視点によってつくられたもの。

気が遠くなる。

だが生きねばならないし、これからを生きていく。

gi

こおろぎ に ねぎ

何故打楽器には「ぎ」がつく

撥折れたまま 半年前から座する

かえるぎろ に

聞いてみたい わからない

bottlemail

ポリスの “Message in a Bottle” を
『孤独のメッセージ』
と訳したのはどなただろう。

この邦題は、ギリギリの線かなと思う。
(小生はボンサイ趣味のひとつとして、このようなこと をたまに)

孤独のメッセージ
を英訳して
Message in a Bottle
にできる人がいれば凄いと思う。

これが
Lonely Message
だったらひどすぎるし

Lonesome Message
でもどうかと思う。

– 実際 ‘More loneliness than any man could bear’ と歌ってるわけだが

最近は洋楽の邦題ってどうなんだろうか。
そもそも「洋楽」は死語だろうし
あまりいい曲はマスでは流れてこない。

探ればいっくらでも凄い音楽は出てくるが
英語圏だけではもうとっくに測れなくなっている。

せめて西葡仏伊語は理解したいと思う。
が、あまり時間も残されていない、というのは
日々の課題がこなせてないことから、明らかだ。

おじさんは、たまたま記憶にひっかかった
過去や近現在のものを
ときに考えるのみである。

Carlos Aguirre に
“Náufrago en la orilla” という曲がある。
大好きな曲の一つで、ライヴでも一度インストでカバーした。
この曲も Message in a bottle について歌っていたと思う。
(CD に歌詞カードがあるのだが車に入れたままだ)

それにこのタイトル
「海岸の漂流者」というそのもの、のようだが
確信がない。

というか、現在この曲を含むアルバムは Apple Music で聴けないようで
検索すると代わりに Message in a bottle が出てくるという
不思議。

アギーレさんの最新作 “Va Siendo Tiempo”、
ヘッドフォンをしてるのを忘れるぐらい自然な音。

眠る前にしばし聴く。豊饒すぎて眠れなくなるのが怖い。

ガラスをあけたら

サンプリングかっていうぐらい
鶯が近い

Alan Hampton の音楽に
あまりに馴染んでてね

 

降りる駅の数

シンプルなボタンって使いやすい

と思ったら大間違いなことが多い。

入力端子が沢山付いているディスプレイや

ヘッドフォンを沢山挿せるオーディオ機材で

切替ボタンが一つしかないとどうなるかというと

入力1 -> 2 -> 3 -> 4 -> 5 -> 1 -> 2…

HP1 -> 2 -> 3 -> 4 -> 5 -> 1 -> 2…

というリニアな現象が起こる。

実際に挿しているのはそのうち2つかせいぜい3つだ。

さて、こういうボタンはたいがいスタイリッシュなので

押しにくい。

どうなるかというと、入力3にしたいときに

入力1 -> 2 -> 3 -> 4 -> 5 -> 1 -> 2 -> 3 -> 4 -> 5 -> 1 -> 2 -> 3

(1から3にするぞーおー行きすぎたー何番まであるねんーおー手前やーまたかいなーえーおいーやっと3になった)

ヘッドフォンを4本挿せるうち2本しか使わなくてそれらを切り替えるとき

HP1 -> 2 -> 3 -> 4 -> 1 -> 2 -> 3 -> 4 -> 1 -> 2

(1から2にするぞーカチカチーおー行きすぎたー何番やねんーおっとまた1にもどったー次こそはーおーまたやんけーええかげんにーおーこれやこれ)

という現象が起こる。私はほぼ毎日こんな調子なのだ。

もしこの説明がわかりにくければ、山手線でいつも目的の駅を降り過ごしてしまう人を想像してください。

そんな人はなかなかいない、というかもしれない。単にものの例えであるから真に受けないで欲しい。

ともあれ私にとっては、ボタンが4つ付いて直接切り替える方が圧倒的に早いのである。

ところが僕は、切替えボタンが4つも付いているような機材は好きではない。
基本的にごちゃごちゃしたものが嫌いなのだ。だがある種の道具は、見かけのシンプルさを実現するために、内側をわざわざ複雑にする。

何がしたいかというと、ワンボタンで切り替える方法を受け入れる代わりに、ボタンが対象とする選択肢を減らしたいのだ。

入力1 -> 2 -> 1 -> 2 -> 1
HP1 -> 2 -> 1 -> 2 -> 1

実際に挿していない端子をスキップできるようにする。そしたらたとえ2回間違えて2周大回りしても大幅に操作速度が向上する。

今の技術ならこんなこと簡単だろう。家電でもプロ用機材でも、こういうカスタマイズは大切だと思うし、なんならこれがその人の毎日を大きく救うことになる。鈍臭い人対策であっても、シビアな達人用であっても。

何か僕は、間違ったことを書いているだろうか。
それともまた、本質にたどり着こうとして大きな間違いを冒しているのだろうか。

delicious, malicious, capricious

目覚めの芳しくない日が続く。

肩やら手首やら首やら。起き切らない。

今日みたいに雨模様だとほどほどに起きられる気がする。

ポッドキャストならぬ NPR のネットラジオを聴いて目を覚ます。

こちらは7時、むこうは15時という。シアトルか。

脳の追いつかないハイスピードの英語に、それでも慣れてこうと抵抗を試みる。

ぜんぜん関係ない dagale が脳裏をかすめる。つかまえる。

70年代の西海岸、といっても南の方では、サーフロックが盛り上がっていて、

Stephen Bishop は「タイトルの響きから」曲をつくっていたという。

なんだかとてもわかる。曲からタイトルを作るより、そっちの方がよかったりする

…ときもある。

てなわけで、この日記タイトルでそのうち何か曲ができる

かもしれないし、できないかもしれません。

山の背

ブルーグラスに聴き惚れ
想像のアパラチア山脈を辿っていると
何故か核施設に道を見つけた音楽家を知る

とても素敵な活動をしてきたその人は
ルーツと煌めきを体現していたかのようだった
あくまで自然に

アパラチアの西部では炭鉱や油田が広がり
カントリーミュージックのリリックテーマとしても
よく挙げられていたという

オークリッジというその街は
テネシー州の東部にあり

のどかな街の名前は
カモフラージュのために選ばれたらしい

核兵器のために作られた街
今も廣島は彼らのマイルストーンとして記されている

どうしてその人がその道を選んだか
知る由もない
何重もの防護が必要なものがどうしてクリーンで安全なのか
そしてその防護は何万年どころか
10年前後の頻度で破られてきていることはポイントにならないようだ

ルーツミュージックがいくら素晴らしくても
超え難き壁はある

幾重もの壁 を 作る人 は よかれと思い

壁を 破ろうとするもの は 我が正しいと

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