カテゴリー: libre

2019霜月、引用記事

ミャンマーへ、祈りに代えて|別所隆弘 / Takahiro Bessho

面識はありませんが、湖や航空機、空、人物…素晴らしい写真を撮られる方です。

人々の眼差しの凛々しさ、星空、無数のバルーン、市場。

最後に一つだけ、付け加えさせてください。どのような正義でも標榜可能ですし、正義とは単なる価値観の差でしかないというのが僕の信条です。でも、一つだけ。子どもを銃で打つ集団があるとするならば、その集団の掲げる如何なる言説も、純粋な悪であると僕は言います。それは悪なんです。

止まるか動くか

 

を蒔いて

しばらく経ったあと

時間を巻き戻したいと思う

それは叶わない

 

一週間後に撒いた

より元気な個体のペースに

合わせてくれないかと

願ったりしてみるのだけど

 

一度スイッチが入ったら

時間は止められない

止まっていた筈の時間は

ゆっくりも速くも いくらでも

可変できそうなものだけど

どうやら種はそうはならないようだ

 

起動装置だけがある

戻りはしない

 

Play ボタンだけ

サンプルレート

どんなニュースよりも速く瞬きすれば

現実が見えるかもしれない

サブリミナルに隠された意図も

見破れるかもしれない


自分の好きなタイムで瞬きすれば

自分のみたい世界をみれるかもしれない

何にも煽られず ローファイな世界で

必要なものは 自分できめる


どっちもあり
なんだろうな

本来

バタフライギターと韃靼海峡

Blinking News

Apple Music で歌詞表示できるようになりました。

リアルタイム表示はもう少し待っててくださいね。

これから綴るのは、この曲について思うこと、のいくつかです。

どうしてぼくらはこんなに
ニュースに左右されるんだろう。

朝から晩まで、画面や紙上でパフォームするニュース。

あるものは煽り、あるものはそうでもない。
あるときは魅力的、あるいはそうでもない。

誰かを礼賛し、貶め、
夢中にさせ、無関心にさせる。

何かの本質に訴え、違う解をチラ見せ、
希望と向かうべき道を見せ、抗えなくする。

そんなもの、どうでもいいじゃないか、
とも思う。少なくとも僕みたいな人間は。
しかし、そう思う僕も含め、みんないつもニュースに踊らされている。

報道というのはたぶん、人類が生まれたときから続いている。
仲間を引き寄せるために、身を守るため、族を形成するため、権力を守るために。
マスメディアと逆の存在に見えた SNS にもすでに大量の広告が投下されているし、
そうでなくても、投稿する一人一人が、すでにニュースを担っている。
そして、書く人も読む人も、右往左往しつづける。

観測気球を飛ばしてるつもりで風に飛ばされてる。
ゴーグルの枠の外に大事なものがあることを忘れてる。
柱につかまっているつもりが柱ごと動いてる。

一方で、ニュースとは単なる情報ではないとも思う


試作ジャケットのひとつ

ぼくら自身もニュースみたいなもので
この人の言うことならと誰かをフォローしたり
逆に口伝えで出来たイメージとかそんなんが一人歩きしたり

現れては連鎖し 迷惑扱いされ
攻撃しあい 感動し 消えていく
物を買わされ 自発的に志願させられ
実際ニュースがなんであるかは
よくわからない


水に水が引き寄せられるように

僕らに、情報としての素子が沢山あれば(あるはずだ)
それは毎日、この瞬間にも流れる情報に反応してしまうのだろう。

音楽にもニュースの側面がたくさんある、あったと思う

レコードで聴いて憧れた言葉、解体してみたらどうだろう。
フロンティアの意味もドライブ・マイ・カーの意味も、変わりつつある。
君を失う、という意味もだ。
ひとりひとりが目を開ければよかった時代から、
目を閉じないと視覚が焼けつくような時代になった。

スクリーンセーバーが必要なのは画面じゃなくなって、
僕らの脳のシルバースクリーンだ。

だから、結局のところ、つきつめることはできない。
光がブラックアウトするのか、闇がホワイトアウトするのか、

その間を瞬きながら生きるのが僕らだろうし、
これからも騙し合いは続くだろう。
どうすれば感じとれる?

誰かがどこかに書いていた。四次元の次にあるのは、「情緒」だという。
たしか、谷口江里也さんだったと思うが、どの本か思い出せない。
情緒と情報、どういうかんけいなんだろう。

どういうかんけい、って、身も蓋もないけれど、
きになってしまう、そいうこと。

てふてふが渡る。

誰かのバタフライギター
が。

雨の半月

雨の日曜日。

しばらく、曲を録音したりカバーをしたり(セルフ流しをやってるだけ)で

今日みたいな日は貴重だったりする。

気分はあまり優れないけれども、いくつかアイデアがうかぶ。ワルツとファンクとフラグメント。

これがうみの苦しみってやつだと思う。そうだっったっけ?
みずうみの苦しみ、空を飛べない燕の物憂げな声。嘘だ、聞こえない。どのみち雨粒にかきけされてる。

ちかごろは割とオーソドックスな曲をやってたので、またアブストラクトなのを描く。結果どうなるかはわからないけれども。

金曜と土曜のまぎらわしさ

誰にも嘘をつかれなかったはずの

April Fool 明けには

なぜか僕は

今日が土曜だとすっかり思っていた。

いったいどういう塩梅で、自分で自分を騙す、21世紀の○×≦者。

自動で自分を騙せるようになったら、もう立派な、オートマトンだよ。

だがこの世はまぼろし。

そんなことにもめげず、4月2日を過ごした。

がんばった。いい日だった。

今度こそほんとの、土曜日にあおう。

うそのはじまりの

日に日に、というか一気に気温が上がり、

燕も飛び交い、桜は早くも散り始め、

湖面は穏やかで、よく見るとさまざまな鳥が泳いでたりする

いい春なのだ。

4月1日はいつも変な気分なのだ。

嘘をついてもいいって、素敵な気分でもあるのだけど

なんで日本じゃ、この日が年度始めなのだろう?

ちょっと真面目に生きようとすると、最初の日から嘘で覆い尽くされた感じになる。

というか、年度始めって、この一年、どんな嘘をついてやろう、って

人々が考えて実行始める日、みたいにも、思えてしまう。

あー、ったく、めんどくさい性格だ。でも、こんなこと、あなたも一度は思わないだろうか。

西洋と東洋がごっちゃになったこの国、エイプリルフールか新年度か、

どっちかを動かした方が、なんか前向きになれると思うのだ。

と、やや滅入りつつも

とても有意義に、すごしている、この頃です。

空という名の海
鳥というナノ魚

みちのり

子供の頃から自動車を苦手にしていたのに

去年からは運転席で過ごす時間が増えた。

コロナの中で、自分に責任を持ちつつ移動するには、今のところこれしかない。

えらく出費がかさむが、
それまで年に百回近く使っていた特急や宿泊を考えると、あまり大差ない気もする。

先日、久しぶりに中京を訪れた。滞在一時間弱。都会にくらくらする。いいものである。

高速の出口がことごとく右側なのに、慣れればいいのかな。

つきとつばめの条件

昨日は

ぺろっとした月に

風に

吹かれて

食べられた

僕である。

今宵は

黒い空に

ウインク

これも

おつなもん。


いつになく早く

燕がやってきた。

早速の曲芸飛行

これで一年がすくわれる。

また巣作ってくれるかな

それは。

つばめのかってでしょ。

その週末

色々思い返した週末。
書ききれはしない。

そんな中、進んでいく人たちを伝えききつつ
(わっち、ピッコリーノ、すごいね。願わくば僕もその世界には参加したかった)

いらない大量のコードを袋にいれ
耳でしかしらないコードを指に合わせ
あ、こうだったのか、と。

村上ポンタさんの訃報。

この方とも共演できなかったけれど

京都でのリハスタバイト時代、一度だけ
リハに来られたことがあり、少しだけお話しした。
部屋はどこ、ぐらいのことだったけれど
ジェントルマンでした。
あれは 1995 震災の年。
当時、自分は 4TR MTR に明け暮れていた。

カセットテープの開発者のルー・オッテンスさんも、亡くなったという。

Philipps と Sony について、先日読んだ長編の音楽本に色々書いてあったけど、
モノが時代を、というか人々、というか、わかる範囲では少なくとも自分を
大きく動かしたこと、確かにある。

僕は今でも、モノとしてのカセットテープに惹かれつづけているし、
長い間、このサイトのトップページもメタルテープでした。
ほんと、感謝。

アコベの弦をようやく張り替える。
エリクサーがついていたが、僕はコーテッド弦の感触も響きも、あまり好きではない。
ダダリオに替える。やはり。
基本的に、どんな楽器でもダダリオの普通の弦が自分に合っているようだ。
えぇわー。

この弦は九州からすぐに届いたのだが、
先々週末に近くの DIY 店で注文したプランターのトレイは、まだ届かない。

以上 another world より。

…と思ったら…
ルパンは初代が最高だよ。
音楽も。

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