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green

書きたいことが沢山あって追いつかない。

数年前は毎日日記を書いていた気がするが、今の方がよほど健康だ。

緑を観に行く。いくら体内時計の遅い自分でも、今が雪の季節でないことぐらいは認識している。桜が過ぎたのはまだわかっていないようだが、それにとどめを刺す。

かねてから、写真を見て気になっていた「みどりのパッサージュ」に行く。
旧門谷小学校の校庭で行われる、マルシェ的イベントだ。この時期は “Cabane de Souq” という10日間のイベントが開催されているらしい。

新城市、いわゆる古戦場の「長篠」地域である。「のぼりまつり」なるものがあるらしく、街道にはひたすら、誰方かわからない「のぼり」が並ぶ。

何百何千もの兵が刃物と鉄砲で殺し合った古戦場に、あまり感慨はない。愚かさに戦慄するばかりだ。自分のために部下に殺し合いをさせたのは、歴史に名を残した「偉人」たち。だから世間でいう「偉い人」にはなりたいと思わない。

どんなプロパガンダで人を騙したのか。どのように騙されたか。そしてそれは歴史でどう美化されているか。誰がどのようにその流れに乗ったのか。それが現在にも直結している。

感心はしないけど、それは人の本性でもある。現在はメガソーラーの誘致に揺れているそうだ。
よく似たことが隣でも起こっている。リニア、原発。失言と報道。流れていく人のスイッチ。

Souq の会場ではそんなことをすべて忘れることができる。まぶしい緑。あまりに平和な光景。
小川のせせらぎを超えて校門に入る。こんな素敵な学校が、なぜ廃校なのだろう。

-もちろん、住民が少ないから、なのだが-

人が少ないから、いいこと、人が集まるから、いいこと。


猫 あるいは ぞーきんがけ の目線

せきとまち

大磯から深夜に戻り、翌日は宿場町へ。

– 4.14 –

僕は元々宿場町に縁があり、育った街はかつての大街道の分岐点だったし、田舎も宿場だった。

近年知り合う人も、なんらかの宿場で店や拠点を構えている人が多い。偶然にせよ。

まぁ、人が集まり、旅立っていく街だから、ということなのだろう。

今切関所、通称新居関所は、現存する最古の関所である、という。
探っていくと他にもそんなところがありそうな気もするのだが…
史実を掘るのは人に委ねるとして、現在残るのは静かな、鳶が舞う関所と
黒を基調にした、賑わいとまではいかないが、懐かしく趣ある界隈である。

この地域は近年、古民家リノベなどの新しい世代の店も増えていて、きりっとしていて、いい感じなのだ。

その一つが Rond-Point。ロンポワンと読み、「環状交差点」という意味だ。

東京と此処、そして各地に拠点を持つオーナーによる、平飼い卵、地元栽培野菜を使った料理、菓子、ドリンク。
柱時計や薄いガラス戸でタイムトリップできるカフェ。


自然や生態系からランドスケープ、流行りの雑誌ではなく踏み込んだ各分野の蔵書。

ただならぬ広がりを感じる、好きな場所です。

7月にここで音楽イベントをさせてもらえることになり、現在準備中。
長年の仲間である浜松の音楽家も迎えて、何ができるか練っています。

ここは、オープンしたばかりの別館。メキシコからのアーティストによる展示中です。

カフェとはまた違って、大正モダン? あたりの雰囲気でしょうか。

詳しくは追って告知します。

乞うご期待 - !

おおいそにおおいそぎ

話が前後したが、東行の第三部。

– 4.13 夕刻 〜 大磯に大急ぎ –

またダジャレかよ
Rhyme の基本は駄洒落です。

SALO に行く。
コロナ禍から、NRT の成田さんが主催する Sense of Quiet というプログラムをサブスクしていて
そこでは南米から日本まで、さまざまなアーティストがライヴやセミナーをやってくれ
Vardan の近況を観れたり、いろんな知見に触れることができたのだけど

Covid-19 の終息(…?)につれて、それがリアル化した、といったような。
僕はそんな認識をしていて、大磯という場所も記憶に残っているので、この機に訪れた次第。

しかも nakaban さんと山口洋佑さんの「よびみず」も開催初日だったので…
公開制作に間に合うようにと、六本木から高速に入ろうとしたものの
燃料の赤ランプが点灯する。

ギリギリ到着できるか…いや多分無理だ。

検索しまくって、会員になってるスタンドに向かったのが間違いだった。
渋滞により45分のロス。

「どこでもいいからさっさと GS に入れ」

教訓になりました。

だいぶ遅れて大磯着。

駐車場探して SALO に向かい、おずおずと入ると、山口さんがおられる。
秋に名古屋の個展にてお話ししたのを覚えてくださり、嬉しい。

オーナー井口さんのご厚意で二階の会場を見ることができ、撮らせていただく。


みずによばれ、生まれつつある作品たち。

開放感があって落ち着いて、考え抜かれている間取りと空間。スタジオのよう。
後から、実際のレコーディングスタジオだと聞く。

一階は高い天井、バーカウンター、テーブル、レコードショップ(棚)、
古い Tannoy のスピーカーと、手作りのスピーカースタンド

レコードの視聴をさせてもらう。心地よい。空間が鳴っている。

たくさんある中から、迷わないように早めに一枚選んだ。
…だが、自宅ではアナログが聴けず、未だにどうしようか悩んでいるのだけど…

山口さんに、作品集「骨になる」の感想を伝えることができた。
絵ももちろんながら、詩に感動したのです。
持っている方、これからの方、ぜひ読んで欲しいのですが、
絵と相乗効果で、涙出るんですよね…
光が差し込む夕暮れ、寝静まった真夜中、どちらでも。

nakaban さんに初めてお会いした。
ずっと前からファンだったけれども、オーラがすごい。
瞬間と、ゆっくりした時間が同居するような。
生粋の芸術家の方だなぁ、そして、とっても気さくで。
嬉しくなる。

広島に行きたいな。

井口寛さんはエンジニアであり、Piano Era での録音や、海外でのフィールドレコーディングも多数されている。
この SALO のスタンスや、わらしべ長者の話、背景が深くてとても面白い。
すっかり失念していたのだが、コロナ禍に入る直前、ミュージックマガジンでミャンマー音楽の特集を読み、大きく刺激された、それを書いたのが井口さんその人だった。
帰宅してから気づいた。なんたる不覚…

こんな場所が、地元にもあればいいのに、と思う。
それは色々な条件や努力があってのことで、難しいのは容易に想像できる。
だけど、やらずにあきらめるのも間違っているわけで。

答えは見えないものの、何らかの形で、やってみよう、と思う。

場所があるにせよ、ないにせよ。

案ずるより有無が

あまり楽器を触っていない。
というのは嘘になるが、Mac を触るときは楽器とは別モードか、集中してないわけで。

譜面書くのもデータ組むのも、それ自体嫌いではなくむしろ楽しいけれど、
演奏や、本当の意味で音楽してるときはやはり全然別の生物だ。人間というやつは。

そこの境界を行ったり来たりするのが、たぶん人生とかいうやつなのだろう。
めんどくさい。だがそれは常。

案ずるより産むが易し、という言葉を
久々に感じる日。ベース持ってアイデア試しながら、思いついたこと口にしてくと、
列車が走り出して線路が敷かれていく。
右にいったり左にうねったりする。目的地はわからない。楽しそうな結末だけしか。

でもそれでいい。一日に何時間もそんなときはない。途中であってもそれは消えてしまう。
断りも容赦もなく。

いろいろな覚え書きツールと使いながら、それより大事な身体や耳や脳みその感覚を
少し信じながら
今日を終え、明日に向かう。

貨物とタイヤ

曲を書いています。

作りかけの曲や、もっと良くしたい曲も山ほどあるのだけど、
常に前にも進んでいかねば。

MacBook も Mac mini もストレージが満車で、NAS もあと僅かになってしまったので
今週は頭から NAS の交換。バックアップ。本体の軽量化。それだけで時間が過ぎてしまう。

一方でアイデアはどんどんボイスメモに録ってくので、また収集がつかなくなる。

こまったもんだ。こないだ椎名純平さんも言ってたけど。

彼は「毎年一枚アルバムを作り、ツアーする」というアーティストの鏡のようなことを実践してる人。
先日ひさしぶりにライヴ観にいって少し話もでき、いい刺激でした。

ふと思ったけど、アイデアってでっかい貨車の車輪みたいに、荷物積んだり落としたりしながら回ってく。そんな感じです。

春のアークヒルズ


桜が舞う都心部。滅多に行かないエリアだが、半月で二度訪れることになった。

sugar me のアルバム “SUPER ME” リリースツアー。東京公演のみバンドで参加、の巻。

多摩から1時間半かけて朝のサウンドチェック。陽気は春を越え初夏のよう。
ひろびろと開放的なカフェレストランに機材を持ち込む。
ベース二本にペダルトレイン。アンプが超小型のしかないとのことで、骨董物の Fender Bassman。
真空管が生きてるかわからないので、予備の Little Mark Red。
いざとなれば Mark から Bassman のキャビにつなぐ算段。どっちもいい音。めちゃ重い。

ペダルボードは実際は、二本のベースの切り替えと DI 送りのためなので、ホントはこの半分以下でも良いのだが
結局ツアー用とあまり変わらないことになった。

エレキベースは Rick 4001。ずっと頼りになる。
Taylor のアコベースも使いたかったが、リハを経て音量やバランス的にこうなりました。

世代やバックグラウンドが多彩なメンバーなので、とにかく新鮮。
今までの経験値は一旦クリアして、あたらしく臨む。

– long time no see – Robert Kretzschmar とは今回初めてだけど、話してるとアットホームになる。サウンドチェック。新しくて懐かしい声。

グッズ。Robert のも sugar me のも、とにかくお洒落。あゆみさんの娘さんが描いた絵を元に、アルバムジャケットも、トートバッグも一点物で構成されている。ロバートの最新アナログは、それぞれジャケットデザインが違う…!


サウンドチェックからスタートまで一時間。分刻みの自分は地下鉄に乗る。
Andy Summers の写真展。ライカギャラリー銀座。

web で彼の写真はたびたび観ていたけど、伝わるものが段違い。
ギターと同じで、ナチュラルにシュール。簡潔なのか難解なのか、わからないけど、常人が見逃す視点とジョークを絶やさない、この人。
女性たち、男たち、少女たち。モノクロから滲む、あまりにカラフルな世界。


会場に戻り、Robert のスタート。
途中、不思議な多重トラックショーが始まる。遠くてよくみえないけど、何か、ルーパーや同期と違う。
完全人力でもなさそう。

あとから聞くと「〇〇」だったようで…
おもしろかったな。真似はしないし、できないけど。

sugar me。位置に立つとファンの方がよく見える。彼女もデビュー10年、バンド時代からはもっと、だそう。
僕はライヴ演奏はじめてなんですよね。WWW や京都、何度かお誘いいただいて観に行ったし、節目節目で観てもらってもいるけど。

常に軽やかなようでいて、彼女はものすごくクレバー、普通できないような速度で何もかも回してく。
実際、ステージでもすごいことをしている。

そのひとつ「オムニコードの弾き語り」

Omnichord、知ってますか? Suzuki が昔出していた不思議な電子楽器で、ギターとキーボードの合体のような。
sugar me のアルバムではいつもこの楽器がいいアクセントを出していて、今回はこれをライヴで。
というか僕もリハで初めて見ました。
あゆみさん本人と、鍵盤のさおりさんとで持ち替えながら、2曲で披露。おわかりでしたか?

他にも、ガットギターをようくんと持ち替えながら弾いたり、パーカッションをたかしくんと分担したり、Robert の紹介は英語で完璧にやったり、ふつーはできません。

明るく、周囲を導く声。pop music だからできる、ゆったりとした、祈り。

素敵なご家族と仲間たち。Table for Two、そして for Three。

周りからみれば、誰よりも人生を謳歌してる、ひかりの中にいる人のような。
たぶんそういう人が、いてもいいのでしょう。

大変さもたくさん、僕たちと同じかそれ以上にあるのかもしれないけど。

 


ステージ中はそんなことは全く忘れ、あっという間に時間が過ぎる。

春の日曜日、カフェライヴはあっという間。

終わったけど、余韻は残る。ありがとう。


僕はその後、また荷物を満載して、一路、湘南へ。

途中ガス欠しかけて、やむ無く渋滞の駒沢へ。予定より45分遅れの、大磯…

*写真は企画と PA のベンさんより

なんでもいいからさっさと靴を履け

ふたたび長旅。とても長い距離を走った。

大いに刺激を受けたこと、漸く思い出したこと、発見があったこと、
ほぼ無意識で受け止めたこと、などなど沢山あるが

まずは、お相手してくださった方々に感謝申し上げたい。

ほんと色々考え、実行してる人、あまり喋らなくてもプロフェッショナルな人、
そして明らかに天才な芸術家

テキトーにいい感じでやってるおやじ、かっけー若者、

リアクション名人な方、

人生楽しんでる GS のにいちゃん…4年前に出会ったのとは別の…

自分はといえば…
(以下、精神分析モードに入りかけたので省略)

ま、いいや。

今回は宿代を浮かせるため、これまで知らなかった東京の西側に滞在した。
だがリハや本番が都心だったので、都度往復するだけで3〜4時間。
そこに予定を詰めまくったので、全く時間の余裕はなかった。

ゆっくり、いそげ

…というのはクルミドコーヒー、影山知明さんの言葉であるが、
今回の自分はその逆でしかなかったか。

さておき。

国分寺の胡桃堂喫茶店にも、やっと行けた(ほんの20分程度)し。

青梅の気になっていた場所、MANSIKKA は予想を軽く超えていた。
すっごい。
そのロケーションから中身まで…しかもまだまだ発展し、変わり続けるだろう…という。
発展といっても、都会とは全然違う意味です。

府中にも福生にも、それこそ檜原村にも行ってみたいのであるが、またの機会にしよう。

夜中、ナビに出た道が、車幅が通れるか分からないぐらいの獣道で
どんどん狭くなって引き返すことも前進もできず、このまま森に埋まるか、ぐらいの事態にも陥った。

あー、やっちまったか、
だが
まー前にいくしかない、とアクセル踏み、なんとか脱出できた。結構この愛車にもダメージ喰らわせてるな。

そんな中、なんとか忘れ物もせず、帰って来れた模様。

時系列ゆがんでるけど、続きはまた書きます。

– 日記タイトルは、三宅伸治さんの「さぁいこう」から。入間の So So が懐かしい –

わかりにくいライフワーク

東京にいってもインスピレーションは受けるし

幸い演奏の機会もあるし

とはいえそれに甘えず ライフワークをやっていきたい

僕の場合、ライフワークが非常にわかりづらい

身近な人であっても、わかりづらいようで、たとえば今降り出した雨にも、おそらくわからないだろう。

(雨はとにかく、人のいうことなんか聞いちゃいねぇ。すべてを飲み込んで流れていってしまうのさ)

(空気の中に飛び込む。自分が水であること、摩擦で消え去りかねないこと、そのぎりぎりを楽しんでダイビングしてるんだから、それ以上の周りのことなんか知ったことじゃない。自分は、あめ、なのだ。空から降りて、地面につくまでの、ただそれだけの間)

…とまぁ、こんなふうに出鱈目で指の運動にしかならないようなことが、わきでてくる。それをライフワークと呼ぶのだろうか。


時間はとにかく逃げていく。逃げ足の速さはランニング・マンナミダ。

みつばちとじゅえき

April fool なので。
これから書くことがどれだけ本当かは、しりませんよ。


週末は江戸に行ってきた。

楽器も持たず、電車での東行は1,500日ぶりだ。
思えばコロナ禍以降の移動はほぼ車。東京も大阪も京都も名古屋も信州も。
車が大の苦手だった自分がよく運転したものだ。

多い時は月に20回乗った新幹線も、4年経つとすっかり忘れている。
ビールやコーヒーを買うのにどのキヨスクがいいか、
おむすび屋はどうだったか、地下鉄の乗り方はどうだったか、

いや、案外、何も変わっていなかった。

変わったのはこちらで、もうビールも飲まない。
キヨスクではノンアルなど売ってない。

だが。中目黒の信号も、Umineko も、神宮前も、NHK 前も、官邸前も、新宿も水道橋も、あまり変わってなかった気がする。渋谷駅は相変わらず、大事なところが後回しだった。

発見もあった。
全体に海外の人の割合が増えていたが、初めて行った赤羽は、別の意味で異国情緒だったり。
千駄ヶ谷から銀杏並木にかけて、あんなに旅客機が舞うのを、知らなかったし。


雨と突風。富士山を越えた頃、とつぜん青空が広がり、夏が来た。

一時停止を余儀なくされた新幹線と同様、さくらも、ムロに群がる蜜蜂も、時間のネジをほどきはじめる。

人間と昆虫、それぞれのハニーとベネフィット。


今、たびをおえて、ここはまた突風がふいている。
春の嵐。だろうか。ドアの蝶番も破壊され、今夜眠れるかもやや心配だ。

春はおかしい。毎年あまり好きではない。
秋の人だから、この気候がメカニズムに合わないのだ。

だが、好きなふりをしておこう。

エイプリルフール。

バーバラとボコスと僕

愛知 セントレア近くの街 常滑市

常滑やきもの散歩道に

BARBARA COFFEE ROASTER という
とても… 異空間なカフェがあります。

と書きつつ、僕はまだ行ったことないんですけど

ここの本店、KEDI BASKAN そして
かつて存在した名古屋市千種区の BABI CHAN CAFE

といえばご存知でしょうか。

KEDI のマスターとマダムには大橋トリオのツアーバンド時代から
何かとお世話になっており

BABI でやらせてもらった ray live mini @ BABI CHAN CAFE は
知る人ぞ知る伝説の宴でした。

その後コロナを経て、だいぶ間が空くのですが
今回、すてきなお誘いをいただき、僕も混じることになりました。

The BOCOS のことを初めて知ったのは池上本門寺の SLOW LIVE だったか。
LD&K の谷口さんに、ばったり会って、なんと彼が…みたいな。わかる人はわかる話です。

で、その後 赤い靴の浜松公演を手伝った時に、対バンしたのがこのお二人です。
懐かしい…
そのときのお店も、どうやらなくなっちゃってますね。
何かいろいろ変わってるような、たぶん彼らは変わってないような。

羊毛くんは、これも赤い靴の月観ル公演でギターで参加してて、そのとき僕はベースで、
それを大橋トリオどんが観に来てて、それで何を思ったか、いきなり年明けの全国ツアーから僕を抜擢してくれたのですが、

今から思ってもあの流れは不思議でした。たぶん裏で、神谷くんが手を引いていたのでしょう。

さて、そんなこんなで 2024年。

僕の音楽活動もいろいろ変わっているわけです。
やりたいことも、身体に入ったことも、感じ取っていることも。

はっきりいえるのは、このイベントは間違いなく面白くなるだろう、ということです。
どうぞ、お楽しみに。

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