カテゴリー: hikari

カンナヅキ

かんなづき。

自分や作品に、かんなをかけていくかな。

削りすぎてなくなりそうな実体と

肥大化して収拾のつかない想像が

両方ありましてね。

架空下弦

imaginary な半月を

うかべておこう

と心の準備するまもなく

何度目かの 9.30 が過ぎていったわけだよ

– と –

ふと今になって

一年にとってこの日は下弦の月だと

気づく

もっと前に知っておきたかったな。せめて二十年ぐらい。

moonlight

満月ですね

月見、というわけでもないですが
今宵はときどき、そらを見上げます。

最近は月をみないとか書いていたけど
曇りの夜が多かったからなのだろうなと
思って外に出たら

あれ、一体どこへいったのやら。

まぁいいや

Moonlight という昔の絵画のようなレコードと
Moonlight sonata のピアノを聴きながら
朝の音楽を思う

fakemoon

宵の口、湖畔まで散歩。
ワイヤードの air pod… 要は標準の iPhone イヤフォンで聴くベースがいい感じ。

頭上には今も数羽、燕がいる。あと、もっと小さい、少し頼りなげな鳥も。

帰り際、月に被さる月の雲をみる。

こんな感じか。右がほんもの、左がくも。

説明せずにわかった人はすごい。


帰宅しいつものヘッドフォンで聴くと、さっきの曲はベースがでかすぎて滅茶苦茶だった。

でたらめを びだんにしたてる つきのちから

ミックスし直すのも疲れたので、全部弾き直してから寝た。
久しぶりに弾く4001、やっぱこの時が一番楽しいや。

巻貝探し

とても充実した日々を送っているのだが

誰がそんなの信じるんだってことで

おそらく、記録し発信しない限り世の中では「いない人」とされるだろう。

そんな自分は、世の中に確かに「記録されていた」ことを

発掘してはよろこんでる。いつのまにかコレクターになってきたようだ。

何が新しくて、何が古いんだろう。その基準がますます、いいあんばいにねじれてきた。

人は生まれて死ぬまで、それぞれの時間を生きてくるし

その相対時間で言うならば、それぞれがマイブームを経てオルゴールを鳴らしていく。

オルゴールとは、各々が持っている、生まれた時から携えている楽器だ。

回転しながら、針が櫛を弾いていく。ただその櫛の形が、途中で変わらないとも限らない。

「変わり続ける」も「変わらない」も「ぶれない」も「先端」もピンとこない。

自分という個は、オルゴールを携えて、あるいはそこからピンを並べ替えて、

螺旋時間を進んでいく。無限の個が浮かぶ空間で。

「言っても通じない」

言論を超えたところを
宗教は民に語ってくる

故に宗教がからんだとき
言論は覆い潰されてしまう

それこそが政教分離が必要な理由では
ないのだろうか。

ヨーロッパ諸国が無数の戦争を続けてきた理由の多くは宗教戦争だ。

もちろん、十字軍から現在まで続く
キリスト教諸国とイスラム教諸国との戦争もそうだ。

そして世界中で
「テロ」とされる行為も
多くは宗教観が原因ではなかったか?

宗教は「正義」を生み
正義は信者には絶対である。

然るに
反対からみればそれは「悪」となる。

けして交わらない絶対正義と絶対悪。

「言って通じる相手ではない」

それは「戦い」になる。
永遠に。

個人やコミュニティで信仰を持つのは自由であるし
それが心の安定や、成長にとって
役に立つこともあるのだろう。

が、宗教は権力を持つべきではないし、
増して政治に関わるべきではない。

と、私は改めて思う。

憲法では政教分離が明記されている。

今はまず、
その意味を問い直すときでは
ないのだろうか?

マスメディアの人々。
個人メディアの人々。

すべての人。

「言っても通じない」ことは、どんなことですか?

それは、許せないことですか?

「通じないのが普通」と考えることは、できますか?

hoshino

晴、雨、晴、曇り

暑、涼、暑、寒、湿、爽

季節はゆっくりと、その実素早くうつっていく。

地球の回転(公転、自転)には、反転する外輪でもついているのだろうか?

ゆっくりが早くみえるのは、そのものの動きと反対に動くものが加算されているため。

???

根拠なくそんなことを思う。イメージはあるのだが。

バーバー…散髪屋のくるくる回るアレだろうか。

やじろべえと地球儀とコマが一緒になった様な、あれだろうか。

星空を見たい。

明日、星空、出ないかな。

クラフト

時間もないのに

やたら「工作」がしたくなるときがある

今はそのフェーズのようで

あの木とあの布とあの塗料があれば

あんなものができるのになと

むずむずしてしょうがない

といっても、木を削り出したら

指も手首も痛めるし、そのことにも忘れて没頭してしまうし

何より他の時間もいくらでも取ってしまうので、たぶん今回「工作」はやらない。

コロナ以降、いろんな人を(ごく狭い範囲で)眺めていると

庭に小屋を作ったり、防音室を自作したり、

いろいろな道具を作ったり、やっぱり作るって人間の大切な本能なんだなと

思ったりする。野菜や木の実を作ることだってそうだ。

だが一方、世の中には物づくりにたけた人がたくさんいるわけで

自分に必要なのはそういった人々にうまくものを頼むことだろう、とも思う。

簡単じゃないんですけどね。

僕は「人を使う」という概念を持っていないし、果たしてどんなお礼が適切なのかも

未だにわからないでいる。

「好きなこと」に関してはなおさらそうだ。

何かをしてもらっても、お返しできてないな、と思うことも多い(誰でもそうかもしれない)。

ある意味、「ものづくり」というのは、「モノ」という実体を媒介するので

わかりやすいのかもしれない。

いくらデジタルな世でも、物の価値って、確かにある。

また、世の中で言われる価値とは別に、たぶんフィーリングの価値がある。

それを見たり触ったり使うことで、何が(心と身体に)起きるか。

それって波動の次元かもしれない。だからいつまでも、人が物づくりをやめることはないだろう。

そんなことを、記号でしかない文字で、精査もしないで、綴る。本日は以上。

uka

人間にとって

翼とはとてもおおきいもののようだ

とてもちいさな鳥やこうもり

あるいは虫も翅を持っているというのに

人間にはとおくおおきい

実際 人が飛ぶための翼はどんな楽器より大きく

軽いとはとてもいえない

羽根のように軽い

それは人間であることを忘れた比喩だ


ある種の人間は翼をもっている

そう言う人がいる

自分が飛ぶためではなく

何かを飛ばすためだ

楽器奏者にとって 手は翼だ

そう言う人もいた

人は自らの背に翼があるかどうかなど知らない

わかるのは腕だけだ

かんせつてきに

まっすぐの視野を持てないなら

少し斜めに傾けよう

地軸は傾いてる

時間は常に動いてる

すべてのかんせつは

まわりながらそれをかんじとる

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