方向性が同じだったら
速度が違ってもなんとかなる
かな?
方向性が違ってもいいけど
速度が違うと二人三脚できない
かな?
かれこれ一回りも考えてるけれども
未だにどっちが正しいのか判らぬ。
Aきみはどう思う。
彼は外に対して立派な人だったが
中身は壊れていた
という話を良く聞くけど
彼は壊れていたが
外に対して立派になろうとしていた
自分を救うために
という人、実は多くないか?
Rはちかごろこうも思ってる。
方向性が同じだったら
速度が違ってもなんとかなる
かな?
方向性が違ってもいいけど
速度が違うと二人三脚できない
かな?
かれこれ一回りも考えてるけれども
未だにどっちが正しいのか判らぬ。
Aきみはどう思う。
彼は外に対して立派な人だったが
中身は壊れていた
という話を良く聞くけど
彼は壊れていたが
外に対して立派になろうとしていた
自分を救うために
という人、実は多くないか?
Rはちかごろこうも思ってる。
アレクサンダー・テクニークというのがあって
確か数年前に本を買ったのだけど、見つからない。
ミュージシャンのための、身体の使い方というやつで、
たとえば弓を身体の前で弧を描きながら動かすとき、実際は身体のどこを使っているかなんてことが書いてある。結構目から鱗が落ちる本だった。
これは見つかるまで、記憶でカバーするしかないのだけど、
どうやらインナーマッスル系の事を調べていると
「球技に向かない体つき」というのがあって、僕は全くそれに当てはまるようだ。
というか、小学校の低学年からずっと、オーバースローでボールを投げるということに絶望的な諦めを持ったまま野球をやっていた自分には、なんで今までわからんかったんやろみたいなショックだ。
とはいえ、その原理は球技だけでなく、身体を使う全ての行動にあてはまるので
これからの楽器を使う人生や使わない人生やすべて、これを機に、塗り替えてやろうと思うわけだ。
たぶん、アレクサンダーテクニークも、通じているのだろうと思う。
これもちょっと前のレコードだけど
今の気分にとてもいい。
Matt Penmanのプレイ、クレバーで土臭くてとても好きだ。
それから…
まったく関連はないが、かっこいい… steteco なるもの
敢えて前のシーズンのをリンクしているが、すんごいおしゃれ。
こおろぎ。チェーホフ。
ヒルマンさんのおいしい水とジャガイモとチキン。
バス停近くで旋回する二機の戦闘機。
海底二万マイルのネモ船長。
「キャプテン・ニモ」に空耳
ファインディング・ニモってまさかこれとひっかけてる?
un-biased(偏見のない)という言葉が耳を削ってく。
金儲けのための戦争。
火薬を掘削し運ばされる囚人たち。
バイオリンと雪車滑り。
風と言葉あそび。
風音に隠すことができぬなら
口パクしてもよかったな、と今でも思うタクシー。
オーバーホールに出していた楽器を引き取る。
開いたボディに緩んだペグに、鷹の仕業のような多くの爪痕。
アトリエハシモトさん凄い。ほぼ完全に治っている。
昔LAのWestwoodで、あまりの低視力に身の危険を感じて買ったクリップオン丸眼鏡グラサン、
れんず屋とやらでレンズオーダー。
近視はともかく、乱視が進んでいる。15年前はスマホも無く、ノートパソコンもまともに使わなかった。
日本橋と丸の内と三ノ輪と大井町と自由が丘と東池袋と神保町と代官山と世田谷。
歩いて、色々な人に会って、自分をリプレイす。
その間自分の中で変わらなかったのは、凄い人がいっぱい居るという思いと、
Alexandre Andrés、Booker Littleの音楽は時を経てこそ素晴らしいということ。
明日からは全く新しい日々が待っている。
テルマエ・ロマエ II を観る。
初日に名古屋で観たかったぐらいだが、さすがに公演・打ち上げを抜け出す心臓は無かった。
楽しめたし、反戦メッセージ(???)みたいなのも無くはなかったが
冒頭は好戦的でグロかった。それから自分はあんなにストイックにはなれんだろうな。
それにしても開演前の他映画トレイラーの音のデカさにはうんざりしてしまう。
映画本編はダイナミックレンジも確保されているし、まだ聴けるけれども、
音をデカくすれば関心を惹ける、みたいに思ってる人、
デカい音だと観たくなる、と思ってる人、
まだ沢山居るのだろうか?
僕などは耳も心も塞ぐんだけど…
逆に耳を開いてくれるのが
劇中のじいちゃんの笑いやおばちゃんの接客の言葉、
温泉郷の湯の音。なんでもない音。
木こりの唄も、よかったな。
雨音と共に気配かわる。
カメラ、スニーカー、お預け。
録音機、黒に交代。
押し入れの盤引っ張り出し、聴き直し。NicoとColinとStones
記憶の楽譜、念写しダウンアップボウ。
ツバメたちと話しつつ、
子供の頃の、明日より先の、音探そう。
when the world is running down, you make the best of what’s still around…
中身の濃さに、1年も頓挫してしまった
本が死ぬところ暴力が生まれる / バリー・サンダース
再び読み始める。
やはり凄い本。
第6章 口承世界を育む母性
産業革命から、1920~50年代のアメリカを題材にしているが
リアルタイムの日本でも、全く同じことが進行していたのでびっくり。
地デジ電波に乗って、つい2日前の朝に。
あぁやだ。
そんなときはスイッチを消して
僕らにはどんなロジックや市場よりも
カタコトと心臓のリズムの方が響く
って、思い出せばいい。
今日は色々なところで避難訓練があったり、追悼式があったりしたが、
どちらにも参加できなかった。
あの日の事、あれからの事は決して忘れることはない。
というより、あれを境にして、やはり僕の人生も変わっている。
人がどんなに流されやすいものか、
どれだけ、病んでいる人が多いか、
どれだけ、僕らが生きているということが奇跡に近いか。
どれだけ、争いや責任転嫁がみっともないことか。
がんばってる筈の人が、何故か自発的に不都合な真実に蓋をする。
なんでだろう?
言いたい事があれば、矛盾が百発あってもまずは聴くしかない。
そうやってギザギザなパルスを交換しなければもう生きて行けない人類。
さびしいんかな。おれら。
だって、元は砂だったんだもんな。
もしかしたら、スマホで転送される電磁波にも満たない地下鉄の中の人の心。
新聞勧誘のノルマンディーにも上陸できないウミガメ。
たまたま赤い色を発してるだけの誰かのほっぺた。美しいけど。
こんな戯れ言も言ってられない、天災、人災。
ひっくりかえってる技術に烙印も押せない、印鑑係。
これから、変えて、いきたいね。
グラミー、Lordeのスピーチが恐ろしく深い。
ここでも、ナオミ・クラインのショックドクトリンが取り上げられている。
清志郎さんが最初期から唄っていた「言論の自由」。
初めて聴いたとき寒気がしたこの曲、
ここでの「自由」と似て非なる「自由」が確実にこの世を覆っている。
70’sから 80’sから 90’sから 0’sから 10’sから
今日のPM2.5にしても、根っこはここにある。自由競争の果ての微粒子。
だがどうして彼女は this world is mental という言葉を使ったのだろう?