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canary in cage

アメリカからやってきた人とときどき少し英語で会話する。

本当ならがっつり教えて欲しいのだが。


米国だと、10代に三回、大きな誕生パーティーの習慣があって、

その三つ目、成人になる18歳のパーティーでは

ガバメントからお祝いの封書が届くそうな。

そこには、男性の場合、「米国が他国と戦争状態になったら、徴兵の対象となることに同意する」

という一文があるのだそうな。


フリーダムとリバティの国では、すべての国民がシステムとミリタリーに手綱を握られている、どうやらこれが実際のようです。

そのカゴが大きいか小さいか、あるいはどう見えるか。

それだけの違いなのかも、しれませんね。

それでもね。

気づくことはたくさんあり、思うことも、たくさんあるのだ。

気が遠くなるが、これからも。

EQUINOX

夜と昼がひとしい 嵐で気付かないけども

ふとしたことから
コンゴ動乱と現代に至る状況の酷さを知る

以前もこれに類する報道や動画を何度か観てはいた気がするが

今年観ると、迫ってくるものが違う。

—————

人間、悲しいかな、遠いと思うことは実感できない。

だが、実際に格差がここまで広がり、独裁まがいの体制と軍備が急速に進み、
そしてこれから指数関数的にひどくなるのが目に見えている今

アフリカで起こってきたことは
対岸の火事どころか
…合わせ鏡じゃ、ござんせんか。

防衛や経済などの名目によって生まれたすべての武器はやがて何処かに流れ着き、
人を際限なく殺していく。どうしてそれを止められない?

日本も各国も、これまで自分たちが国内外で犯してきた
虐殺などについては決して認めない。
認めたら最後だ、という教えがあるのか、
自分の後ろ姿が見えないが如く、そこからは学べない。

だが、コンゴ「民主共和国」、ウガンダ、スーダン
これらの地域で起こっていることからも
おそらくウクライナとロシアで起こっていることからも
人間の悲しい性はわかってしまう。

人は、そうとあれば、暴走するのだ。

それを利用してきたのが古来無数の戦争だったろう。

一対一ではない、大量の「部下」に武器を持たせて殺させる。
それは決して権力者や兵士同士にとどまらない。
女性や子供、老人が標的にされる。

資源のため。権益のため。
発展のため。着飾るため。

こんな中で、実際に生き抜き、表現してきた人もいる。
背景がわからぬままの僕や仲間を、何処か凄い音の世界へ連れてくれた、マリーさんもその一人。

だが。
その無敵な表現も、今後は受ける側次第で意味が違ってくる、そんな気がしてしまう。
素直になれなくなった。つくづく自分は。

ドリーマーが一人増えるだけじゃないのか。その夢は正しいのか。
誰かのビューティフルドリームは逆から見れば悪夢なのか。

わからない。

いろいろな人が、それでも問いかけてきたけどね。

火曜と金曜を思う日曜

9.11です。

WTC で起こったこと、そしてその後世界で。

あれはとても大きな、日本に居た僕自身もいろいろな物の見方が変わった日でした。
というより、その日をきっかけに数年かけて大きく変わっていった、といった方が近いです。

が、今日は別の日の事を思い出したりしていました。

フランスで、バタクラン劇場で起こったこと、とその数日後の拙文。

サルビルサ 〜 スズキコージ氏の作品にちなんで

今、思い出さなければいけないことの一つのような気がします。

ひらめきとうけとり

昨日の烏の話

今までも何回か、そういう経験があるのだけど

昨日に関しては、聴こえるか聞こえないかの人間の声ではなく

階段を踏むリズムが空に響いて

それに反応して鳴いたのではないかと思われる。

本日はさきほど

テーブルの周りで変な駄洒落を言ってたら

「チャンチャン」の締めとちょうど入れ替わって

「ピンポン」と玄関ベルが鳴った。

やはり、ものごとはつながっているのだ。

私らの閃きは、独自のひらめきでもなんでもなく

何かを受け取り、はじけているということなのだ。

– アンテナ考


情報の伝達って
それぐらいささやかなものだと思います

自分が考えついた
と思うことが実はそうでなかったり

新しいと思ってることが
なんでもない受け売りや

もう随分昔からあったのに
ようやく咀嚼できたことだったり

そんなことしょっちゅうで。

そこへいくと
人間が電波を使って
操ろうとしてる情報は

どれだけ不自然で大袈裟で
危ないものか

今は、そしてこれからは
本当に心した方がいいと思います。


明日は選挙です。

報道に惑わされず、長い目で正しいと思う選択をできるように

自分も心を澄まして判断したいし、

多くの人がそうであることを願います。

くものうらがわでは

七夕だから七夕らしく

…la…

その前に

今日知ったのですが、iOS 15 だと写真からテキスト認識できるんですね。
画像に埋め込まれてる言葉をコピペできてしまう。

OCR アプリとか、ときどき試しては、使えないなと諦めてたけど、
知らぬ間に確実に世界は進歩している。

だけど、日本語は非対応。

漢字は認識するけど中国語 / 広東語としてであって、
ひらがなは意味不明になる。

最近は、漢字でも日本語字体じゃない文字が混じって表示されることが増えてきた気がする。

自動化の波に、日本って遅れまくってるんですね。

僕は自動化ってあまり好きじゃないけど、
避けてる間にも、グローバルの波に呑まれていく。
画一化と多様性がツイになったローラーに踏まれてく。

世界的には日本語を使う人は少数で、
国連の公用語も

中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語。
加えて、アラビア語。

「ロシアと中国と北朝鮮が攻めてくる」
「だから改憲して軍備増強を」
と、自民や維新が連呼してるけど、

そういうのじゃなく、日本って既に、
文化的に結構危機なんだなと。これは氷山の一角か。

軍備なんて、核の恐ろしさを学べない国とは勝負にならない。
そんなのじゃなくて、大事なところで頑張ろうよ。

パワーゲームに踊らされてるだけじゃなくて、
こういうところを、うまく、しっかりやっていきたいね。

Independence Day

独立記念日。

それはアメリカがイギリスから独立したという記念日で
本来日本にはあまり関係がない。

大きな流れでは、独立したその国はやがて黒船を送り
日本を開国させ
しばしの交流の後
大戦争を行い
日本を屈服させた。

そして世界の覇権をソヴィエトと争い
冷戦に勝利し
その後も戦争を続け
迷走し
イスラム世界に中国に
そしてロシアに
COVID-19 に
そして国内に
揺らいでいる。

進駐軍の時代も
安保闘争の時代も知らない僕は
米国に恨みも反感も持たずに暮らしている。

これは凄いことで、あれだけ国土を焼き尽くされたのに
どれだけ巧みにこの国の政府と国民がコントロールされたのか、という例だ。

全く異なる文化と歴史と人種の国が、他の国を完全に従わせた、という
稀に見る成功例だろう。見事なものだ。

怒りの矛先を変え、ガス抜きをし、三つの “S” (Sports, Sex, Screen) を与え、
経済成長という餌を与え、時には優越感も持たせ、
一方では軍事と経済と地位協定で支配を続けている。
関東は米軍基地で包囲され続け、オリンピックは NBC の放映都合で日程が決められる。

どんな情報も、ほぼ一瞬でアメリカのサーバーに吸い取られる。

太平洋という広い海と、海底光ファイバーと、半日以上の時差。
日本とアメリカの距離は実に不思議だ。

日本海(という呼称が通じない場合もある)という小さな海を隔てたアジアより
米国を近く扱っているのは、何故なのか、
若い人たちも、考えてみるといいのではないでしょうか。

ふと、何かの拍子で、気づくことがあるかもしれない。いろいろと。

とはいえ、僕は

支配の体系には気付いていても、米国自体にネガティブな感情はない。
(それってよっぽど麻痺してるのかもしれないが、そういう者の実例として記しておく)
だが、危ない動きに対しては、それはこの太平洋という距離、言葉の違いという壁をうまく使って、日本を守るべきだと思う。ここは良くも悪くも、東洋の端の孤島なのだ。

学校で乱射事件が頻発し、ガンコントロールが日常のニュースの話題になる(そして解決はみえない)ような国を見て、どう思うか。
世界中での戦争をやめられず、憎しみと犠牲者と次のテロの卵を生み続け、軍需が次の戦争を求める国。旧式兵器の在庫を世界中に売却する国。どう付き合うべきなのか。

ここは良くも悪くも、東洋の端の孤島なのだ。

西洋の最前線不沈空母でもなければ、東洋の玄関を塞いでいる蓋でもないのだ。
(あるいは、そのどちらとも見做されている。だからだ)

日本人なら本当は、何ができるか。その先に。

音楽でも、学ぶことも、違う提示をするべきことも、たくさんある。
これまでも多くの人が、それを試みてきた。僕自身も多くのことを感じ、微々たることをやってきた。
それはこれからも続けようと思う。

独立とは何か。インディーとは何か。

僕らに武器は持てないし、持つ気もない。
そんなことをしなくても、
自分、自分たちなりの独立はできると思う。

一匹狼とスガンの山羊

僕は

一匹狼の人が好きで
群れる人は好きでなく。

意見や価値を計るのに
「人の数」は人類共通のものさしで

スーパーの売り上げも
手袋屋の存続も
選挙も
人や物の「数」で成り立っている。

だから、人は「人数」を集めるために
日々、奔走する。
知力、体力、全力を使って、人の数を増やす。

商品を買ってくれる人の数
リコメン記事に反応してくれる人の数

魅力、魔力、威力、表面張力。

閑古鳥ギャラリーを維持してくれる人の数
ライヴに来てくれる人の数
再生してくれる人の数。

フォロワー数、いいね数。

なので、僕の価値観は
そもそも現実にかなっていない。

21世紀もクォーターに近づき、
クーの理想はますます遠のく。
こまっちまうな。

僕が人と群れるのが好きで
流行りが好きで社交的な人が好きで

だったら楽なんでしょうね。


群れはいろいろな形をとります。

「一致団結」すればスイミーの仲間も
大きなマグロを追い払えるとか

よさそうです。

ほんとかな。


群れは、いいリーダーがいて
はじめていい動きをする。

ひどいリーダーがトップに立っている状態で
群れることを強いられる人々はどれほど辛い。

それとも、そんなこと気づかない。


今日も、それはひどいニュースがあって、
結構落ち込んでいる。

音楽は、体制翼賛に組み込まれたら、
それはもう、軍歌の時代なのさ。

まずは餌を与えられて、次は手綱を握られて、
次はあらゆる表現が、おかしなことになってく。

出来の悪い、漫画の中の話なのさ。


そう、コロナを「奇貨」として
あらゆるドミノが、悪い方に崩されていく。

もう少しいい、ピタゴラスイッチは、
ないのかい?

そんなものに、頼ろうとするから
ダメなのかな。


燕がまだ宙返りする古い街並みで、
フィラメントの列を懐かしく思い

バーバーのあの模様って、回転ネジ式なのか上がってくのか
今日と言う今日は…
わからぬまま、夜が更けてく

HISEN

2022年6月末。

ニュースをあまり見ない僕でも感ずることを記す。

世界の混乱は続き 日本は 戦争経済に転げ落ちようとしている。

3.11 直後からその兆候はあったが、2015年以降加速したその動きは

もう隠す必要もないとばかりにあからさまになった。

先週の日曜討論でも
多くの政党が「骨太で突っ込んだ」論を展開していた。

宇宙・サイバー空間での開発
装備品の製造は中小・零細企業が行う重要な産業

すでに彼らの中ではここまで来ている。
戦時体制と同じことを、当然のように言う。
あり得ないことも、画面の両側から言えば、国民はなびくだろう。
古典的な連携プレーだ。

こういった言葉から読み取れるのは

「最先端分野」企業と学術機関
「中小・零細」企業と労働者

これらに軍事関連の利益誘導をする
つまり依存させ、反対できなくするということだ。

原発利権、オリンピック利権、改憲 CM 利権に続き、
露わになってきた、戦争経済のシルエット。

この国の大人たちが、とても情けない。

 

「すべての武器を楽器に」

喜納昌吉さんの言葉である。素晴らしい理念だと思う。

だが。

一旦戦争になれば。あるいは戦時経済体制になれば。

楽器メーカーも軍需工場と化したのがこの国の歴史なのだ。
あるいは世界的にもそうかもしれないが。

卵と鶏の話ではないが、戦争を防ぐに正解の順番はない。

片方に戦争をしたいものがいて、また戦争で大きな利益を得るものがいる。
あるいはそれをただ弄ぶもの、おこぼれにあずかるものがいる。

それらは常に あらゆる瞬間に 蜷局を巻いている。

 

平和とはお花畑の妄想ではない。
(そもそも花を育てるのは、愛情と精魂と手間隙のかかる大仕事である)

この世で、戦わない、ということが、どれほど難しいことなのか。

「相手は言うことをきかない、軍備には軍備しかない」

それは違う。何十回も交渉し、手玉に取られた政府が言う言葉ではない。
国民に対するすり替えは通用したとしても、
交渉力のないものは、必ず負ける。たとえ技術や軍備を持っても、仕組みで負けるのだ。

ロシアや中国の軍拡は愚かなことだ。それはアメリカも同じこと。

一方、それは戦争の恐ろしさをその身で
知ることのない支配者の愚かな性でもある。

「戦争に勝った」者は
それに気づかない。

第二次大戦終了までの日本がそうであったように。

大日本帝国が勝ち目のない戦争に転げ落ちていった
あの道

とても似た道を今の日本は辿っている。

僕は戦争体験者ではない。が、もはや本当の戦争体験を持つ方々の多くが世を去り
いろいろなことがリセットされようとしている。

「戦争せざるを得ない事情があった」
そういう空気だった、逆らえなかった、
逆らったら村八分にされ、投獄され、やがて殺された。
誰が悪いわけでもなかった、国際事情だった、

そして誰も責任を負わなかった。
国中が焼き尽くされ、原爆を落とされ、
火炎放射器で人々が焼き払われても。

若者は麻薬漬けで軍艦に体当たりをさせられ、
兵士は何の恨みもなかった筈の人々を虐殺し、その数を競い合った。
飼い犬まで爆弾を背負わされかけたという。

すべてが狂っていた。

そんな戦時中が、再現されようとしている。

まだ間に合う。
世界を間違った方向に導くな。
みちびかれるな。

Don’t be the lemmings, packed into metal boxes.

みらいは、そっちじゃない。

よき船出を

小坂忠さんの HORO を聴く。

学生の頃に、後輩(変な言葉だ、たまたま次の年に入学しただけなのに)たちがカバーしてて
京都の拾得でやったりしていた。

ほうろう も ふうらい坊 も、そこで初めて耳にしたのだと思う。
そのバンドのシンガーで、レコードコレクターで、風来坊を絵に描いたような、
たぶん熊本あたりにいる S くんという人は、かなりいい声をしていて、
その彼の声の記憶と小坂さんの声で、二倍に楽しめるレコードでもある。
あくまで個人の感想である。

矢野さんアレンジの弦も、細野さんの空間ビート、
林さんのスネアにも改めて惚れ惚れする。

雲の上に到達してるのがわかる。
気持ちいい。視界無限。

小坂さんは確か2000年だったか、Groove Dynasty という国際フォーラムでのイベントで
Tin Pan のゲストで出演されてたのを観たのが初めてで、唯一だった。

音がゴワンゴワン回る…当時は…会場で、Tin Pan の隙間を生かした演奏は圧倒的にかっこよくて
小坂さんの歌も最高だった。

唯一、お会いできたのは新幹線の中だったか。金沢駅に到着する少し前、数年前。pf の小林さんの横で一言だけご挨拶できた。もう二ヶ月も前に出航されて、とうに外海でしょうか。

SNS をしなくなると本当に色々なことに疎くなる。

r.i.p. っていうのはこの人のためにある言葉ですね。日本では。
そして von voyage.

安全保障理事会

日曜討論をテレビでやっている。

話が噛み合わないのは当然としても

戦争をやりたくて仕方のない大人が嬉々として話す。

「日本を守る」とは

彼らにとっては、「日本の国家体制を守る」ということだ。

残念ながら、それは国民を守ることではない。

国民の命を守る、ということは

彼らにとっては、前線で戦わされる人を守ることではない。

空襲に遭い、逃げ惑う人を守ることでもない。

これは残念ながら、ずっとそうだ。太平洋戦争も、その前も、その昔も。

未だに歴史物語や大河ドラマでは、人々をコマのように扱い手柄を競った者が

歴史を作ったかのようにされている。

それは何もこの国に限ったことではない。

古今東西、そのような摺り替えが

何故ずっと通用しているのか、不思議でならない。


ロシア、中国、北朝鮮。これらの国名が踊る。

彼らを専制と貶しながら、彼らの体制に倣って自らも軍事国家を目指す。

ミイラ取りは進んでミイラになる。

SDGs、環境保全、人権。温暖化対策。

戦争はどんな題目も軽く握り潰し、灰塵にする。

どうして権力者は戦争を求めるのだろう。「だから」なんだろうか。

彼らにとっては遊戯に過ぎない。あるいは「ドラマ」に過ぎない。

賭博の材料に過ぎない。カジノと戦争もセットになっている。

どうして有権者はそれに乗るのだろう。

そこに気づかない限り、日本はまた滅びます。

次はロシアや中国に進駐される。その時、自民党は掌を返すだろうな。


現在、国連で中国とロシアが拒否権を発動し、という話があったが、

なぜそれができるのか、数秒考えてみよう。

国連の「安保理常任理事国」は

中国、ロシア、フランス、イギリス、そしてアメリカである。

これは、第二次世界大戦の戦勝国だから、である。

そもそも、「国際連合」とは “United Nations” すなわち

「連合国」”United Nations” から来ている。英語の名称も同じだ。

「枢軸国」である日本、ドイツ、イタリアに対抗し、戦勝した組織だ。

日本は、国連の「敵国条項」適用国である。

この立場の国が何を言っても、敵国の遠吠え、三蔵法師の掌。

もちろん、政府はそんなことを知らぬほど無能ではないだろう。

それが分かっていて、国民の支持を得る(欺く)材料にしている。

日本を軍国化したいのはもう一つ、アメリカの軍需産業。

そして、おこぼれで儲けたい国内企業。あるいは部品は中国で作るかもしれない。

そして、人が死ぬ。兵器(「装備品」と言い換えられている)って何かわかる?

人々を殺し、町を焼き、文化を無意味にする道具。

画面観てゲームやってちゃ、わからない。

人間の心を狂わせ、命を奪うもの。決して使われてはならないもの。

もう、作られる前から、政治家も経済界も狂ってきている。


改めて気づかされる。この世界がほとんど茶番だということ。

茶番の中で筋書きをし、波に乗って生きているのが人間だということ。

あるいは、そうさせられているのかもしれない。

歴史とは公平でもなんでもない。差別的視点によってつくられたもの。

気が遠くなる。

だが生きねばならないし、これからを生きていく。

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