grace behind the word
2018年のミニアルバム river silver [side a] 収録曲
リメイクの一環として再録音しました。
曲と詞を書いたのは’04年、自分の中では常に現在系の曲です。
あまり現在系であってほしくない 詩 でもあります。だがこれは続くでしょう。
2021.5.7に。
peace.
grace behind the word
2018年のミニアルバム river silver [side a] 収録曲
リメイクの一環として再録音しました。
曲と詞を書いたのは’04年、自分の中では常に現在系の曲です。
あまり現在系であってほしくない 詩 でもあります。だがこれは続くでしょう。
2021.5.7に。
peace.
憲法記念日。
ひとつ記事をリンクします。
施行から74年、憲法記念日に「日本国憲法」を全文読んでみよう。| Business Insider
全百三条。アプリの使用時に同意させられる規約と比べても、けして冗長なものではありません。むしろ簡潔で読みやすいです。
さて、緊急事態宣言下で人があまり集まれない中
「ピンチをチャンスに」と、改憲を推進する人々が着々と歩を進めている。
GW 明けには国民投票法の採決に入るという。
あからさまだ。
私が見るに、今必要なのは、日本国憲法を変えることではない。もっともっと他に大事なことがある。
だが、「憲法を変えなければならないと信じている人たち」にとってみれば、今は千載一遇のチャンスなのです。
彼らは長年それを準備してきたし、私は長年、生活しながらそれを危惧してきた。
この溝は、決して埋まらない。
だが憲法は、こういう状況のためにある。特定の人々が巨大な力を持ったとき – その力が不当に使用されないために。
以下は、私の意見として繰り返します。
主権者であり、第十九条で思想の、第二十一条で言論と表現の自由を保障されている国民として。
今必要なのは
憲法を変えることではないし
その為に広告で
人々を誘導することでも
ないです
それをすれば広告は
その悪しき祖先である
プロパガンダに
退化してしまうし
音楽はやがて軍歌に
戻ってしまう
そんな世界は
いやだし
残したくない
僕らは王になどなれないし
なる必要もない
だが、気づいたときはパスを出す必要がある
そう思う
つづくき
誰かがそう書いていたんだよな。
はっきりは思い出せない。
ひとつだけパスをだせ、だったかな。
つづくき
「人の嘘を補完し始めたら騙されてる証拠」
うまいこという。あのドラマはよくできてますね、「大豆田」。
Blinking News で書いた
If I could be somebody
To fill your made-up story
Then you make…
っていうのも、これと同じ意味です。
ちなみにこの人物名、オオカンダトモヒコを捩ってる気がするのは見当違いだろうか?
まだつづくき
王になどなれない。なれば世界に78億の国ができるだろう。
それもいい、のかもしれない。
少なくとも、誰もが自身の王であれ、というのは僕の一つの考えでもある。
自分に誇りを持て、だの、ホコリなどなくしてもよいから、最終的な落とし前はつけろ、みたいな。うまく説明できない。
だが、他人に対する王であるならば。
それは、たとえそんなものがあったとしても、ごくひととき、預かるものだろう。
そして。
May Day が来る前に一区切りつけたかったが、まとまらないのでここで終わる。
ニュースや SNS みてると、腹をえぐられるような悲しい気持ちになります。
緊急事態宣言は、IOC バッハ会長の来日前日までとし、オリンピック開催に影響のないように日程を組む – と、TV でも平然と流しています。正気か?
この、正気を失った報道が、平気に折り込まれているところが、末期的です。
慣れさせられてるか?
シュールが当たり前になったら、当たり前がシュールになっちゃうぞ。
やっと本性が表面に出てきたけど、オリンピックは世界人類のため?平和の祭典?
理念はそうだったかもしれない。実際は大部分が利益や権力と、それで得する人たちのイベント。
本音と建前、なんて何にでもあるし、綺麗事で物事が動くはずがない。それもそうだけど
やっていい状況と、いけない状況がある。
世界中でコロナ禍が続く中、一刻も早く、開催をやめるべきです。
なぜやめないか。この状況でも SNS の右肩に「聖火リレー」をピン留めする理由は何か。
そのために、湯水のように金を使ってメディアをコントロールする理由。
そんなの、僕だって簡単に想像できる。
仮定の質問に答えないのなら、なおさら仮定は自由、なのです。
次のイベント – 憲法改変が本当の目的でしょう。
そのために、多くのニュースや CM、キャンペーンの仕事をメディアに回して、
国民の「空気をつくる」流れを確実に推進するため。
オリンピックは、そのための「捨て駒」。成功したら儲けもの。
本当の意味で成功しなくても、強行できたという経験と、
メディアをアンダーコントロールできたという実績が残れば御の字。
それで国民が喜べば、お釣りが来る大儲け。
その勢いで、今年をそれを上回る広告を出して、民主憲法を「自発的」に変えさせる。
ぼくがその役割にいる人なら、そう考えたでしょう。ただしそんな事はやりたくないし、全身で思いとどまった筈。
やりたくないと思っていても「仕方がない」といってやる人がいて、あるいはやりたいからやる人がいるのでしょう。
本当に素晴らしいイベントだ、と思って推進する人、それに同意する人も、おそらくある程度はいるでしょう。
でも僕は、それは違うと思う。群れたくないし。
それに、群れて一枚板になる共同体では、やがて全員が滅びるか、過ちを冒してしまう。
違う道を誰かが見て、実践していかないと。
それが、社会のあわいを見ている音楽家や自営業者の宿命であり、使命です。
日本は立場社会であり、役割社会です。がんじがらめにみんな縛られている。
だけど、考えなきゃならない。生き残るためには、何が必要か? 軍備? 何を今さら。
「国民の空気」など「形成させた」ら、あかんのですよ。
しばしば「今の権力者は、数年のスパンでしか国や社会の将来を見ていない、だからこんなに短絡的だ」という説を目にするのですが、僕はそこには同意しかねるところがあります。少なくとも数十年単位で、やりたい事はじっくりと実行している。圧倒的な力と時間を持っているのだから。
香港や、ミャンマーで何が起きてきたか、何を失ってはならないか。
時間がないかもしれない、そう、常に焦らされる気持ち。
何が違うか。
時間。時間の捉え方。それかもしれない。
Sign of the Times.
Time.
時間。
先日 mill の続きです
ここから
きっかり二杯分の豆をミルにうつしたい
嗚呼…
キレの良い豆袋(空になっても集めていた読書珈琲リチルさんの)に入れてみよう
なお、この日の豆はさくら珈琲豆店さんのものである…ご容赦を
!!
改めて、リチルさんの袋の優秀さに感動しつつ
この後も修行を積んだ僕は
ティアドロップ型の器からミルに直接
豆を溢さず入れることもできています
何事も挑戦だよ。
* こぼれ豆は責任をもって回収、抽出しております。途中で背景が白いのは紙を敷いた為。裏話
コーヒーを計量スプーンに入れてミルに入れる。ハンドルをひたすら回す。日課だ。
うちのミルは超小型で一杯分しか入らないが、とても精巧で挽き具合も小気味いい。
流石は燕三条の逸品。その鏡面仕上げもたまらない。
だが口が小さい。
いつも
スプーンから
ポロポロポロ
ポ
ロ
豆が溢れるのだ。
それとどう折り合いをつけるかが、毎度の悩みだった。
今年になって、さる豆屋さんから珈琲の手引きを送ってもらった。
目から
鱗が
落ち
た。
心得の一つ、重さを測る。
以来僕は、このミルをハカリに載せた状態を0gとし、正確な量を袋から流し込んで挽き、それを二回繰り返している。計量スプーンは使わない。
もう一つの心得と共にこれを実践し、格段に後味のいい珈琲を淹れることができるようになった。
方法は自分なりだが、根っこを知れるのはとてもありがたいことだ。
だが豆を流し込むのは容易ではない。
いつも袋から
ポロポロポ
ロ
ポロ
豆が溢れ
るのだ。
日によっては寧ろ前より多くなったこぼれ豆とどう付き合うかが、
切実な課題になりつつあった。
僕はいくつか好きな珈琲屋さんから豆を通販で買っている。
それぞれの豆の美味しさとは別に、パッケージにも個性があり、優劣付け難い。
が、豆の流し込みやすさとキレの良さという意味では、グラム量りを教えてくれた当の店のものがダントツであり、それは読書珈琲リチルさんの袋だ。
また、ここの豆袋はかっこいい。ひとつひとつに古い本の装丁を感じるのだ。
実際僕はここの袋を、用途がわからぬまま、空になっても集めている。
(絵が面白いから残している袋もある。どのお店かはご想像にお任せします)
今はリチルさんの豆も切れてしまい、また買うと思うのだけれど、
ふと、計量カップもハカリも使わない方法はないか、と考えてみた。
二杯分の重さを、器で量ってみる。それ以降は、毎回その器に入れればいいじゃないか。
計量スプーンと原理は同じだが、より精度も高まる。
そして
このティアドロップ型の器の、摺り切りがちょうど二杯分だった。
世界はよくできていた。
…さて…
ここからどうすればいいのだ。
まさか計量スプーンに移して入れるわけにはいかない。
どうなったかは、後日写真と共にお知らせしたいと思う。
気温乱高下。
風は強い。
人前では演奏できないが – と勝手に決めたのだが – 少ないながらも練習は続けている。
もしいつか、またパフォーマンスできる日がくれば、それは以前よりよくなっている、と思う。
いい加減そろそろ、実力というものが欲しい。一生手に入らないものは、たくさんあるとしても。
自分がやろうと思っていたことが、ちゃんとできるように、そうでなくっちゃね。
汚染水は途方もない問題で
黙ったり煙や金をまいて
逃げたいのは政府や広報の人達だけじゃない
だけど難しいからこそ
ごまかさずに答えを見つけられるように
ちゃんと報道し
ちゃんと考えさせてほしい
うやむやに海に流し
ゆるキャラ作らせるような国に
オリンピックの資格なんてないでしょう
汚染水は完全にブロックしてると言い張って
招致したのだし
その名の通り
東京に電力を送るために
はるばる福島に建てたのだから
そして津波による電源喪失の可能性を
事前に指摘されたとき
それはあり得ないと
対策を怠った人物が
再度 再度 再度
裸の王様になろうとしているのだから
ミャンマーへ、祈りに代えて|別所隆弘 / Takahiro Bessho
面識はありませんが、湖や航空機、空、人物…素晴らしい写真を撮られる方です。
人々の眼差しの凛々しさ、星空、無数のバルーン、市場。
最後に一つだけ、付け加えさせてください。どのような正義でも標榜可能ですし、正義とは単なる価値観の差でしかないというのが僕の信条です。でも、一つだけ。子どもを銃で打つ集団があるとするならば、その集団の掲げる如何なる言説も、純粋な悪であると僕は言います。それは悪なんです。
種
を蒔いて
しばらく経ったあと
時間を巻き戻したいと思う
それは叶わない
一週間後に撒いた
より元気な個体のペースに
合わせてくれないかと
願ったりしてみるのだけど
一度スイッチが入ったら
時間は止められない
止まっていた筈の時間は
ゆっくりも速くも いくらでも
可変できそうなものだけど
どうやら種はそうはならないようだ
起動装置だけがある
戻りはしない
Play ボタンだけ