先日のメジロとは違い
今日はウグイスの声を沢山聞いた
シャドウから少し入れば
西にも東にも水面にも
たくさんのさえずりが
こだまする
最も美しいものをきいている
そう思う
このウグイスの声を邪魔できるのは
空を我がもの顔に旋回する鉄の舟
これを皆が許し賛美したとき
この世は滅びるだろう
life is not a gas
sky is not your exhaust
listen to the voices
of small nightingales
先日のメジロとは違い
今日はウグイスの声を沢山聞いた
シャドウから少し入れば
西にも東にも水面にも
たくさんのさえずりが
こだまする
最も美しいものをきいている
そう思う
このウグイスの声を邪魔できるのは
空を我がもの顔に旋回する鉄の舟
これを皆が許し賛美したとき
この世は滅びるだろう
life is not a gas
sky is not your exhaust
listen to the voices
of small nightingales
このブログではことあるごとに
ゆっくり だの
のんびり だの
スローライフ、スローミュージックを称賛し、正当化してばかりのようだが、
実際ここまで自分がスローだと、辟易することもある。
僕は元々人の数倍イラチなので、思いついたことはすぐに済ませてしまいたいのだ。
なんでこんな正反対になったのか、知る由もない。
ともあれ、世の中にはプロフェッショナルという人々がいる。
仕事がとにかく速い。あらゆる状況に対応できる。物事を深く理解している。
浅く広く、でなく、深く広く速く、なのだ。
それがあってこその、凪。そんなプロフェッショナルに、僕はなりたい。
だが明らかに体内時空感がスローになっている。なんなのだろう。
今年冒頭からの日記で(一昨年ぐらいからか?)好きなレコードのことをたくさん綴った。
実は、その時一番はまっているレコードについては触れてなかったりもするのだが、まぁわかる人にはおわかりだろう。
その中にはレッキング・クルーだったり(解体業者、という意味)
まぁプロな人々が、一聴するとユルいレコードを支えて…ささえるだけじゃないな、作り上げてきたのだ。
slow になれるための、fast。
誰かが速く動くから、誰かがゆっくりと時間が取れる。
それって、必要だ。
ん…救いになってないな。
たぶん。
だれかがゆっくりしてるときは、誰かが速く動けるのだ。
そういうこと。
自分がリラックスできてたら、それは同時に瞬間的だ。
それにしておこ。
水よりも速く。
いやぁ、そっくりでしたね。ジョー。
’80年代の大月錠一郎の風貌は「音楽密造者」日野原幼紀さんのジャケ写そのもの
…って誰が思っただろうか。
『カムカムエブリバディ』
この朝ドラは、綿密な設定に役者の演技に、素晴らしかったです(最終話のみ残した時点で)。
英語も時代劇もいいのですが、やはり音楽に関わってきた者として二部からのジョーとるいとトミーの物語には感じるものがあり。
また、虚無蔵さんや五十嵐含め、夢を失った人たちとその後の話なのがいいのかな。
ただツッコミどころはいつも満載でした。
突っ込めないとそれはそれでつまらないので、これは却って楽しみでもあり。
本日 (4/7) の放送回、アニーとるいがやっと再会する場面、
最高の舞台で奏でられているのは On the Sunny Side of the Street
…なのに
スローモーションの二人の世界、そして視聴者には、弦楽の別の曲が聴こえているんですね。
これは複雑でした – いい曲でしたが。
この舞台は二人にとって最高のもの、でもあるけれども
それ以前に、クリスマスフェスの真打ちを楽しんでいるオーディエンスの、そして全身全霊を注いでいるバンドマンやスタッフたちのもの。
ハプニングで、ゲストシンガーが歌い終えた途端に舞台を降りても、抱き合っても、それは受け入れるかもしれない。
だけど、なぜその曲が Sunny Side of the Street ではないのだろう。
別の時空に遷移したとしても、別アレンジの Sunny Side でやることってできなかったのかな。
人前で演奏してきた経験を振り返ると、
あくまで陰に佇んで、というときも、世界の中心にいるつもりで、というときもありました。
どちらも正解で、どちらも唯一の答えではなかったと思います。
音楽の捉え方はさまざま。奏で方もさまざま。
そして、奏でたり聴いたり、その場にいたりする「こころ」も、さまざまでしょう。
いろんな想いがあって、舞台はできています。
少なくとも、そうだった、と思います。
ちとおっかない話で恐縮だが
サソリには毒がある
日本じゃあまり見ないものの、アメリカの内陸部だとその辺に普通にいるらしい
だが、蛇同様、刺されるときついものの
その毒を飲んでも大丈夫だという
venom = 皮膚から入るとやばい = 酒にしてオッケー
poison = 飲むとやばい = ワインに入れるのダメダメ
…今までしらんかった
毒ってもいろいろあるね
世の中なにをやるにも
効率や時短は重要視されるが
自分に関してはこれはあまり当てはまらない
おそらく(無意識に)効率化できていることはあるだろう
キーボードを打つ速さとか、〇〇、□□、(あまりない)
だが
やりたいことをあまり身体化できていない僕は
効率と真逆のことをいつもやり続けなけれないけない
また、それとは別に(境が難しいが)
新しくやりたいことは、たいがい効率的にはできない。
人一倍時間がかかる、というやつだ。
おそらく四倍。これは性格的なもの、能力的なもの、両方あるのだろう。
一旦わかってしまえば
それから超スピードで片付けていくのは、とても好きなんだけどね。
効率と非効率の二元論というより
両方常に存在するし、なんにでもたぶんあてはまる。
燕尾の本家
つばめ旋回中
また巣を作ってくれるだろうかな
詩月とも書け
滋賀津とも書けなくもない
しんげつ
麗かな桜吹雪と
デイジーなひかり
とても静かにうかれる自分は
側からはとてもそう見えないだろう
静かな
決めごと
がんばるぞ
阿呆の日と思えぬ
エイプリルフール
さる岐阜の
ごまの菓子
というのを食べる
ごまかしのきかない
リズムで
うそはやめて
おどりにおいで
っての
やってたな
あかりをつけたら
って曲です
いや リズムごまかしたかったら
それはそれでいいんだろけどね
ワンドロップは
ごまかしようがない
久しぶりに…というか
たまには朝一にベースを弾いてみる。
いつもと同じフレットレスの Key=C だが
これはいくらでも広がりがある。
もう一つの楽器とのデュオもいいなと
アイデアメモ。そっちがもっと上達すればな。
手抜きしまくってもベースはそれなりに聴こえ、
もう一つは他のあらゆるパートと同じく、たまに面白いぐらい。
それがメインとセカンダリーっていうこと。
だけど人生においては、どちらも自分だ。
少しだけ何かをつかみかけてる、と、意味なく嬉しくもなった一日。
やはり、いらないものを整理する、というのは、いい効果がありますね。
前夜から、朝一にかけて。
Sunday Night to Monday Morning.
Sting は冷戦時 ‘85年の作 Russians を
チェロとのデュオでリメイクしています
テーマで引用されている Prokofiev はウクライナ生まれの人でしたね
ロシアから一度亡命し またソヴィエトに戻った
そのあたりに書かれた組曲 Lieutenant Kijé
Tchaikovsky の Strings Quartets No. 1 – II はウクライナ民謡に由来
また、チャイコフスキーという姓も
ウクライナの苗字チャイカ(カモメ)から来ているようです
ロシア人が子供を愛さないわけはないでしょう
歴史は違いますが
ひとつだけいえるのは
戦争に勝者など存在しないということ