カテゴリー: hikari

まるいあかり

2017年の末は瀬戸内へ。
尾道から神戸まで、数箇所旅する。

山と海、島と雲
星あかりと街あかりが隣り合わせる、それぞれの地の素敵さ。
田舎と都会、どちらがぼくらに合っているのだろう。

寺の森で除夜の鐘の列を眺めつつ、空を見上げれば2018年。
穏やかな始まりだ。

昨年はおみくじの結果に戦々恐々としながら
お祓い兼ねて初日の出を見に行ったのだけれども
今年は賽銭と占いの代金を間違えて小銭を使い果たした事もあり
占いなぞ無用と泰然を装う。

それでも太陽は見事である。

午前7時前に大きなまるいあかりが
なにを予告したのかはわからないけど
本年もよろしくお願いします。

皆様にとってもよい一年でありますように。

hikari – tabby 8

8弦ベースの弾き語りというのは
以前からやっていて

詩集に収録している
トーキンブラザー も grace behind the word も
時計をひっぱりだせ も 南風 も
もともとそうやって作ったのですが

ライヴではアコースティックベースでやることが多いので
久しぶりに登場の Azureglo Rickenbacker

ひかり と組み合わせたのは実験です
このまま定着させるかはわかりません

soundcloud 久しぶりにログインしたけど
使いやすいものの、すっかりオルタナですね

vimeo もしかり、ひたすら裏通りを行く僕を
歩く並行宇宙というとかいわないとか

透明人間はカシミールの夢を見るだろうか

詩集

昔からぼくは不思議なやっちゃ、と言われ続けているのですが

本人いたってそんなつもりなく、ただ興味あることをふわふわと考えたり
頭上にいつも「?」マークを浮かべてたギタリスト詩人や
彼をそう形容した 映像作家 を、変わってるなぁと眺めたり(即ち彼彼女に比べたら全然フツー)
真面目に考えすぎて書き連ねては、よくわかんなくなったことを行を遡って蒸し返したり

そんなことを繰り返しているうちに、詩が結構たまっていました。

SSW 気取って歌ってみたりもするのだけど
どうも人前に出せる味にならない
というよりぶっちゃけ〇◉すぎる

Donovan でいいんだけどなぁ
Marc Bolan (初期)でいいんだけどなぁ
Green Gartside がいいんだけどなぁ

妙に理想が高い

そんなことを繰り返しているうちに年月日が経って
このままじゃもう退場だな、と思っていたところ
チャンジュンたちに背中を押されたこともあり
詩集を刷ることにしました。

詞なんて
人に歌ってもらえばいいじゃん、とか
メロダインで直せばいいじゃん、とかボカロPでいいじゃんとか
言われてますが、僕のはどうもそんな感じでもないし
「そのうちレコードにします」とだけ言い残して。

でも言葉だけの作品もいいのかもね。

僕はかつては、曲の歌詞など一切興味持たず、インストか、(すぐに理解できない)洋楽しか受け付けない人でした。日本語の歌詞が直接耳に入ってくるのが、好きじゃなかった。それがあるとき、言葉に興味を持ちはじめ。

人の興味など、わからないものです。
言った尻から変わってきたりもする。

入れた詩は、自分としてはわかりやすいものを集めたつもり。
前のめり 後ろのめり だが踏みおろした地面には穴が空いてて
そこは空だったりする。

でもどうだろう。紙に載せてみるとまた味が違ってきてる気もするプレパラート。

初版まさかの完売につき、増刷中です。
よかったら。

between

Alexandre Andrés をジャケ買いして以来、ずっと好きだったイラストレーター山口洋佑さん

PRETAPORTERS のおかげで10年越しに出会えて、触発をくれる凄腕ピアニスト林正樹さん

のコラボを観る。その名 between。

最近とみに「鳥」づいている僕にもタイミングよすぎる
「巣巣」での数時間。

鍵盤から生まれて部屋の森を舞う音たちと
帆布の森に住処をみつけてく絵の具たちを

その場で目撃する、というのは

やっぱりすごいことですね。

途中、静かな界隈に救急車が通って
それは、どう贔屓目に見ても、その場に著しくそぐわないものであったので

どうなるのかな? と思ったら

キャンバスの真ん中に、それまでなかったものが出現した。

それは僕には赤いサイレンのように見えたし、最終的には違う形になったけれども、ぜったいにきっかけはそれだと思ったので

あとで山口さんにきいてみた。

やっぱり、そういうのって、ありますよね。

予想外だけれども、それが無意味ではない。

林さんのそのときに鳴らしたコードがなんとも効いていて、

世界をつなぎ合わせるのに、やっぱりピアニストはある種の縫い針を携えているのだなぁ
と、感服しきり。



ちゃっかり混ぜてもらいました

F for Fake

エイプリルフール、メイフール、
ジューンフール、ジュライフール、
オーガストフール、セプテンバーフール、
オクトーバーフール、ノーベンバーフール、
ディセンバーフール、ジャヌエリーフール、
フェブルエリーフール、マーチフール

ほんとにそんな世界、そんな日本になってきた。

オーソン・ウェルズの最終監督作に、「オーソン・ウェルズのフェイク」という映画があるとかで
観てみたのだけどすばらしい。

フェイクな世界にはそれなりの生き方があるのだろう。
示唆に溢れている。

きっかけは谷口江里也さんの「イビサ島のネコ」という本で
今、半分をすぎたところ。はまってきている。

スペインのイビサ島には、それはそれはキテレツな人が沢山集まり、
それと並行してさまざまなネコも生きているそうな。

素敵な本だ。

価値観ってなんだろう。

所詮人生が、壮大な劇であるならば
その中で何ができるだろう。

演じているだけの連中を、どこまで醒めた目で見れるだろう。

醒めたこころで、どこまで灯をつけられるだろう。

寒風春分過ぎ

いい風が吹いてる

眼下の光と
海の向こうの風車の群れ
朧月夜
こんな遅くまで一仕事
はぁ疲れた
でも最高

ラガービール久々にうまい

こんな夜もあってもいいね

新年

あけましておめでとうございます。

去年も今年も、世の中はとても暗く思えるけど
そのシナリオには乗らないよと。

皆さんにとって、素晴らしい一年になりますように。

2016 sunrise

sunrise2016

冷え切った元旦の朝
陽射しを頼りに橋に辿り着くと
生まれたての光。

あまりの眩しさに
声をかけてくれた人の顔も
しばらくわからず。

この世の光って
すべては太陽を分け合っているのだった
そう思い出した朝でした。

thousand primitives

2015年

世の中は暗かったけど
ぼくの音楽活動としては忘れえぬ年でした

出会えた人々の輝きには驚くばかり

名前を挙げればきりがない

一緒にできて、俺でいいの? と思いつつも
とてつもなくいい時間を過ごせた人も

ほんの短い間だけど、ちょっとの瞬間で
まだまだこんなことができるだろうなとわかった人も

この遊びが一緒にしたいんだろうな、と
だったらやろうよ、となれた人も

一方で「もう、俺は観てるだけでいいですよ」と本気で思った人もいて
「え、なんでです?」と言ってくれたけど
それはほんとに、何も足りなくないと感じたからで

ミュージシャン、共演するばかりが能じゃない、とも思ったり
まぁ、縁があれば(というか、答えがみつかれば)ね

 

色々な、自分の外殻をひっぱって、割るか伸ばすかしてくれた人々のおかげで

久しぶりにコーラスもやったし、初めてアコースティックギターも弾いたし
人前ではメガネをかけないようにしていたのに逆に思いっきりかけてたし
ペダルボードなんて生まれて初めて使ってみた

おかげで少なくとも 意識の上では外殻が大きくなった

中身が埋まるかは これからだな

本職の低音に関しては
ろくに練習時間もとれなかったが 人前で学ぶことと
ああこうやってたんだ こうやりたかったんだと
思い出すことばかりで
自分の何割かも まだできていない

できてないことに気づけただけでも よしとするかな

 

一方
今年やり残したことも たくさんあって

Daveとも
Epizoとも
ヒロとも
一緒に演奏できなかったし
工藤さんとも一度しかできなかった

日の巡り合わせとはいえ己のブッキング能力の無さにはまいる

数年前からのアルバムセッションの話も実現せぬまま
待ち切れず長い散歩に出てしまった仲間もいる

自分の曲も
相変わらず 大量の作りかけのトランク

 

来年はどんな一年になるだろう

瞬発力がないのに 慣れてしまっているが

深い海から そろそろ顔を出すかな だれかさん

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