カテゴリー: electro

そにー

あまり言ってこなかったし、それなりに覚悟も必要な事だけど、
題材にしようと思う。

SONY

僕の周りには非常にファンが多く、僕もいくつかの商品は愛用してきたけど、
基本的に僕は、アンチソニー製品である。

なんでだろう…かっこよすぎるからかな。アンチ巨人、と似てるかな。

walkmanは何台も使った。DATは3台使って2台壊した。diskmanは3台壊した。MDは、買って本当に後悔した。
小さいコンデンサーマイクはずっと愛用していた。ヘッドフォンはST900がどうしても好きになれず、スタジオでもAKGを持って行く。
まぁ、一応、通って良さも悪さも知っているつもりだが、基本的には、買わない。

デザイんや響きは確かに、いいけどね。

そんな僕の気持ちが通じてしまうのか、僕がSONYの機器を使うと、大概、ソニータイマーが数十倍速で作動する。
びっくりするぐらい。簡単に壊れる。
しかし、サービスセンターの対応はいいのだ。これで安心だ、任せなさい、みたいに帰って来る。そしてまた、壊れる。

Appleは…また違うのだ。
G4は3回に1回の起動だけど、MacBookは頑丈だ。

昔 SONY には “ES” シリーズっていうオーディオがあって、
親はそのカセットデッキとCDプレーヤーを使っていて、それらは本当に音が良く、操作性も良く、品があって、文句の付けようがなかった。憎らしいぐらいに。

対抗馬的にDENONやKENWOODやAKAIを好きになる自分だったけど、SONYの評価は絶対だった。それがまた、憎らしかった。

SONYしかない、っていう分野があったし、そこは憎くても吸い寄せられる、みたいな魅力があった。
嫌いなのに好きになるのだから、魅力としかいいようがない。

そんな魔力、今のSONYにあるかな?

絶縁

先日偶然お会いしたミヤシマさんと
今朝たまたま読んだオオヌキさんの連載と
思いつきを混合した日記

「絶縁」とだけ書くとなかなかなもんだが
「絶縁体」の事。健康についての話だ。

Oさんによると
田植えや土の上で素足で歩くのが人間にとても良いらしい
都会での電磁波をリセットしてくれるようなのだ

それもそうだと納得

Mさんの話によると人間の脳は電位で反応し、考え、行動する
その為に人間は直立歩行し、末端には絶縁体を置くようになった
自然に身に付いた爪、後に人間が身につけた靴がそうだ

電磁波を受け、溜め込む事、それ自体が悪い事ではない。
それは必要なのだ/それによってヒトは思考する事ができ、
だからこそ現代ではパソコン、ネット、携帯にはまってしまう
ただ度を過ぎると、当然のごとく…

そんな時靴を脱いで(ソールという絶縁体を外して)
コンクリートでなく土に接する(電気回路で言うアース)

これが身体、脳にとってリセットになるのだろう。

そこで思いついた。

都会の、オフィスビルやショッピングモールなんかには、放電スペースを設ける事

そこには、地中に刺さっている金属棒が中心に置かれていて、
ヒトはそこに触れる事で放電し、溜め込んだストレスやX&%#をリセットする。

つまり…アンテナの逆。

地中に刺さっている金属棒といってもこれは単純に鉄骨の事だから作るのは簡単な筈。

都会の歪みを正し、社会効率を良くし、しいては新たなビジネスにもなると思うけども。
秋葉原なんかにもあったら良いと思う

考えてみればDown to Earthという言葉もこれに通じるわけで
どのジャンル、年代においても、電位が溜まりすぎた人々の感性は
地中放電、アースを必要としているのだろう
勿論、音楽においてもそうだ
デジタルが勃興した80年代の後、90年代半ばになって時代が20年戻ったのは当然の事の気がする
尤も、主にアナログをデジタルで作り替えているのがそれ以降で
僕はある時にすっかり、モデリング含めたデジタルな音に興味を無くしてしまったのだけど

つまり、電位が飽和したという事だろう

電位そのものであるパソコン、ネットの世界において
「アース」なものは、バランス良く、配置される必要があるだろう
トレンドとしてだけではなく、むしろ、ヒト一人一人の精神的健康の為

だけどブラウザに配置するどんなプラグインも、所詮は電位に過ぎないわけで
放電をremindするきっかけになるか、ぐらいのもので
癒しの音楽とか、写真とか、映像だ、文だ、配色だ
これら、きっかけであり、実験であり、仮想であり
…無益ではないけど、あまり頼らない事だろうな

パソコンからにゅーっと地中に根が生えたりしない限り…

波長

新幹線は
その頭部の形状に関わらず
僕の好きな乗り物である

その昔、渡米直前に京都-東京を月に何度か往復していた頃は
newtrain funk
というのを我がテーマにしていたのだ
それはジャンルとして定着する事はなかったが

で今は
とにかくこの空間が高速移動が気持ちいいってんで好きである。

また時には偶然を呼んでくれる

一区間を廊下でベース達と共にホームレス状態で過ごした後、座席にありついた僕は、となりにスーツケースと共に乗り込んで来た方に「楽器の為にリクライニングができませぬ」と話しかけた。
その方は楽器の事から話しはじめ、とても的確に僕の戸を叩いた後、こう言った。
「私はちずを作っているものだが」
ちず?
地図なら大好きだ。
すっかり意見交換する気になった。
それは「チーズ」だった訳だが、聞き違えは僕の人生の友だ。品川で降りるまでの小一時間ばかり、お話をした。
講演と執筆インタヴューの合間という多忙な氏は、次々に面白い話を「新幹線講演」してくれたのである。


…(省略)

ストーンヘンジはβ波を集積、増幅する装置である
β波は人間の意識に働き、可聴域を出た低周波である
これによってある種のまつりごとは行われた
祭り、祀り、政り
これらは集団催眠である
(自分が参加する、しないに関わらず…恐らく、すればする程に)


自然界で働く伝達の波のひとつがα波である
これは更に低い波長だ
(ヒトが感じようと感じまいと)自然はそれを感じ取る

ここで全てを語る事はできないので
次はこのヒトにあなたが偶然会う時に聞いてほしい

って、そんな世の中でもないか

この映画が、ヒントになると思います。

僕もここに書いているような事のいくつかを、話してみた。

floatin’ universe、とかで書いていた「頭が何故上の方がいいのか」という事、この方は電位という角度で判り易く話してくれた。
つまり、やはり我々はアンテナそのものだ。

昔の武将がどうして兜を被ったか、どうして角を付けたかという事も、なんだかすぱっと理解できたのであった。

モノづくりについて 壱

福岡から羽田に飛んだ時にふと目にしたAir Craftという言葉が非常に印象に残っており
またSpace Craftという言葉もそれに環をかけ素敵だなと思う。

実用品であり、Atmosphereであり、最前線にいるもの、
それがクラフトと呼ばれる事に、心地よい違和感を感じるのだと思う。

英語圏で育たなかった故の勘違いはあろう。
しかし、クラフト – 模型、たたき台、手作り、職人、割り箸、かんな、鍛冶
そんな連想と共に僕は歩んで大きくなった。

それがいざ空を飛んだ時、これはクラフトだと言われたわけだ。

楽しいもんだ。

人間がどれほどこの飛行機にかけているか、
どれほど実験精神に満ちているか
また、どれほど改良の余地があるか
そして、いま飛んでいるという事は、どれほど創造性に満ちているか

なんてね。

Kraftwerkっていうドイツのグループがあった。
彼らはどんな意図でその名を付けたか。

ラッシュ・アワー って映画あったよな

東京の私鉄の最終付近ってったら
レミングだったり亜祭りだったり
するのだけど今日も一駅のるのに
バケツに我々人間ウオは入らなくて

おしくらまんじゅうしてるやつらって
殺気立ってるかと思えばなんかそうでもなくて
楽しそう

押し込む駅員も楽しそうでさ

うーん楽しまニャそんそん。

そんな事ちっとも思ってない俺は
寒いホームでひとつ列車をスルーした後

次のヘッドランプが2組来たってんで
右側レーンでまたさっきと違う人々のあらすじと共に並ぶ

ドアが開くとしょうがねぇなと人の頭の森を抜けて
雲の上の液晶画面に眼をやる

「ご乗車ありがとうございます」

ん、おどろいた。なんやねんこれ。
こんな身も蓋もない台詞、こんな機械んちょに言わすなんて
CMですらないど、どこまで寂しいねん。

ん、でもええなこれ
こんなにいっぱい詰め込んで、重いのんに、電車も喜んどるんかいな
ごくろうやで

そしてまた
客もいいことしてる気にもなって
私鉄ももうかるんやから
そりゃ礼の一つも言われてもおかしくないわな
ラッシュアワーも
捨てたもんやないで

そして一駅後には
少しいい気分で降りたもんやで

みんなええ週末をな
ってもんや

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