カテゴリー: libre

アウェイからのホーム

Away from Home …. ってそのままのタイトルの曲があったっけ。
例によって Copeland、Klark Kent 名義のソロ。
何度読み返しても、示唆に富んでいるとは思い難い歌詞である。

だけどこのビデオ初めて観た…

おもろい
もしかして Sting、この時の彼のプレべを使ったりしてるの?

で、Stu のことは一旦おいて
最近思ってしまうのだ。アウェイとホームってなんやねん。

どこにいたってアウェイだし、どこにいたってホームだ。
究極のところ。
音楽をやる以上。音楽に限らず、何かをやろうとしている以上。

それが、困ったことに
生きていること自体に
アウェイ感のフェーダーをどんどん上げていく
不思議な厄介な世界。
昨今、いやいつからかな。

たぶん、どこにも逃げ場なんてないですよ。
いみじくも MV の結末が表してるように。

向かい合えばどこでもホーム。アウェイを知ればそれはホームかもしれない。

生き抜こう。

それはさておいて、だ。

アウェイなんか、ホームなんか?
音に向かえばそれは常に見知らぬ、見知ったところ。

自分のやりたいこと、しりたいこと、
できそうなこと、できないこと

それに向かうことはたぶん、人生最大のアウェイ。
外から見ればどうにも逃げ場がないのに、自分の内面はつかまえられない。

だけどそれもわからないのに、外に向かえるわけもないので
落とし前をつけよう、と、する、またしてもな
夏。

毎年毎年、このあたりにはへばって停止するのだけど
今年はそうはいくまい。な
夏。

半分大晦日

今年も半分おわり。

ふりかえる。

ひさびさに、自分の足で歩いた半年間。
いいときだった。

じぶんがやれる音楽ってなんだろう、演し物ってなんやろう。
随分サボっていたことに、年始から向き合えたのは
宝物だったと思う。ふたりの M さんがいなければそれもできなかった。

冗談で、kedi baskan でソロができれば今年前半のノルマは達成、と書いたのが
ほんとに BABI CHAN by kedi で、しかも四月にさせてもらえて、
おつりで esquerita までできた。tatomiya も。

まぁ欲をいえば rosie や lete や、いろんなラボやスピーカー小屋やコンベンション? や
いろいろしたい場所、ことはあるけど
自分に必要な足腰は何か? を、やりながらつけていければ最高だ。

たまたま縁があって、同じ速度で巡りあってくれる人、聴いてくれる人。
広めてくれる人。それが仕事の人。たまたま。偶然。
やることをやる。それだけで半年など一瞬に過ぎて行く。

その中で、生まれてくる気持ちを確かめながら、少しずつでも続けていければいい。

ぼくの rick 4008 は、Cambridge Music の壁に(間違ったゲージの弦を貼られて)かかってたあの頃から、
まだやりたいことの1/8も奏でていないから。

CD は、flat five から約束どおりの音源グレードアップ版だったけど
曲数はもっと多くてもよかったのかもしれない。いやあれでよかったのかもしれない。
「長さがちょうどいい」と言ってもらえることが結構あったし、
自分でも23分ジャストで作った(筈)だし。

7月にはリリースしたミニアルバムと、シングルが配信終了する。
これは区切りとして、またリメイクして出せれば、と思う。

river silver [side b] は11月まで配信。
ほとんど知られてないこの作品も、意外と最近は聴かれているようで嬉しい。
曲はいいからね。

とはいえ。
散歩する暇もないくらい、あるいはリュックサックがいつも重すぎて
歩くのもいい加減苦痛になる、このごろ。

荷物を減らしたい。
担当楽器がどんどん増えて行くのは、かんべん願うよ。

が、そんな仕事をひと踏ん張りして、次からは。

何か違う方向に、行こうかなぁ。
そのまま、休もうかなぁ。

考えなきゃいけないことも散々あるし、
見直しっていうかもっと再構築したいことはいつも、色々ある。

遠くて近くを歩く、ともだち。
近くて遠い、うみ。

紫陽花は pappa ray ray の玄関でみた記憶しかないけど
すばらしい六月だったよ、
さんきゅー、そして明日からもよろしく、
黄緑色の七月。

ohanashi19

ohashiTrio HALL TOUR 2019 – THUNDERBIRD –

6.9長崎にて無事終了し、今は J-WAVE LIVE 一年ぶりのスペシャルバンドすなわちハコバンのために準備中なのですが、ここいらで備忘録。

今年は非常にそぎ落とされたショーでした(以下主観です)。

メンバーは昨年に引き続き、最多の7人。そこに拍車をかけてステージにはキーボードを満載。最大で5人が同時に鍵盤を弾くという、シュールですらある光景。しかもチャーム君は曲中のギター持ち替えもあって、ギターをスタンドに立てたまま弾くというスタイルを通した。

ツッコミどころが満載の、相変わらず凝ったステージだったのです。

その代わりと言ってはなんだが、基本セットリストの変更は無し。
というかあたりまえなんだけど、今年は公演ごとに曲を変えるというより、演奏、からみそのもので違いが出たり。

メリハリがあって無駄がない、いいショーだったのじゃないかなと思います(主観です)。

無駄がないといえばすなわち、昨年くりひろげた(恐怖の)メンバー紹介時間も丸々カットしたので、大半の人はホッとしたと思う一方、もしかしたら物足りないと感じた人もいるかもしれません(あんまりいないと思う)。

しかしその中で、僕はちょうど中間からあることを思いついてしまって、東京公演以降、ソロ回しの時に語ることにしたのです。

しかしファンキーに盛り上がる曲調にいつものボソボソ語りはまったく調和せず、途中からラップに鞍替えしました。

— base にしたのは以下 —

「サンダーバードの詩」
かみなりの とりも さいしょは ことり
囮に なっても さいご 大トリ
揚げ足を とり 朝まで しりとり
グルーヴのグルー ヴーヴーヴー

ここから前後に加えたりしたのですが、

最後長崎でバラしたように、このショーでの誰もしらないハイライトは、

僕が後ろ向きで赤い Nord に向かって何をしていたか? ということでした。

たぶん、この音楽人生で一番難しかった、たぶん世界の誰もやらないこと、
あの連打2,880回は、報われたかなぁ!?

ハッピーイノシシ

矢野誠さんのバースデーコンサート
「ハッピーイノシシ」を学芸大学で観る。

本日のプログラム…
こういうことができるのも矢野さん、よーこさんの素敵なところ。

こないだ訪れた博多の大濠公園? と思ったけど洗足池でした。

ちょうど「みんなのうた」で再放送していた超名曲「ショボクジラ・チビコブラ」も冒頭にやってくれたし
(作詞の岡部さんもいらしてた)

「ノスタルジア」「祭」「そっとはなして」「昔はどこへ」…
響きと音の陰影がひたすら美しかった。

矢野さんは、今世紀初頭にハチ公前で路上ライヴをしていた時に
出会った DJ の野口くんをきっかけに、ライヴを観たりイベントでご一緒させてもらったり
やがて何度か共演もさせてもらい、自分のバンドや個人でも折に触れて励ましてくださるのですが
実はその前、米東海岸滞在中に知り合った西海岸の難波さんからもお話を伺っていたので
割と長い縁を感じたりしています。

TOKYO M.A.P.S の初日にも来てくださったし。

ピアノの左手のライン、右手のタッチ、ひらたよーこさんとの掛け合い、
そして MC や立ち居振る舞いもいつも楽しみなのですが

今日のライヴを観てると
時間っていう感覚がなくて
確かにステディなタイムがあるのだけど
刻むというより縫うという感じ。
…といえばよいのだろうか。はじめて腑に落ちたような。

上から糸を通して下からまたすくい上げる。ミシン。
エンデ「影の縫製機」みたい。?
それが「あむ」ってことなのかな、あ。

もう一度聴きたい、と、今も思うのです。
(書いているのは25日後なのだ)

久しぶりに、どんべさんともお会いし、マイア・バルーやエピゾと一緒にやった時以来に少し話せたり。
相変わらず鋭いな〜。

矢野さん、これからもいっぱい、音楽聴かせて、魅せてください!!

空の上から

まぁ話そう、何も悪いことはしない
ただ、生命体について知りたいんだ
ここに飼われてる人々のことを

あんたたちには家族がいるってね
高くて冷たい檻の中で生きてる
そこでじっと、過去を捨て去って暮らしてるって
これほんと?

知りたいんだ あんたたちの頭の中
もしかして空っぽ?
俺が見えてないだけ?
それともただ、大昔の理想が木霊してるだけ?
「世界を愛しよう」とか「空想のそよかぜ」とか
これまじ? どう思う?

ここに住んでたんだ、氷河時代に
だからこんなに気になる
戻って来たら星がおかしな並びをしてる
世界は燃えて焦げ臭い
世界は燃えて焦げ臭い

あ、たぶん、んー
気候が変わったんだ、たぶん
そうなんだ、そうだね
でも見て確かめたい

で、どこでチケット買えるんだい?
リングサイドのシートがいいな 土星の環の辺り
ただ、新しい地球について知りたいだけなんだ
全てを聴いて、見たいんだ
すべてを見聴きしたいんだ
すべてを

Original Lyrics by Jimi Hendrix “Up from the Skies

6.14 近藤零と神谷洵平 at Esquerita 68 にて第一部でカバーしたのですが
歌詞があまりにも深いので、第二部で勝手な日本語訳(零訳)を朗読しました。

1967年の録音。当時こんなことが見えていたジミヘンって…
というか、昔も今も変わらないのかもしれないですね。
見えてる人には見えてる、見えなくされてる人も、いっぱいいる。

メディアコントロール。

「夜を誤解している」は全く違った詩であって。なんでこれがメドレーになったのかは謎。
最後の神谷氏のコメントを聞くとさらに謎が増すのさ。

fountain pep

ロボットと人間の未来ってなに?

急速な AI の発達、クラウド&サーバー社会、デジタル化と不安も覚える今ですが、
こういう視点で考え、実行してる人もいます。

https://robo-uni.com/
https://news.livedoor.com/article/detail/14986097/

この人は創造の泉、だ。

子供の頃の夢って、そうだったよな、と思いながら
ユニホームを着た Pepper と会話してみました。

Pepper「今日は一日、どうだったの?」
Ray「今日は、大濠公園に行って、あのねぇ」
P「なになに、もう一回言って」
R「大濠公園ってわかる? こっから歩いて20分位の」
P「そうかそっか」
R「そう、あのね…人がこう、みんなランニングしてるの」
P「お家にいるんだし、何かして遊ばない?」

噛み合わないけど
それが僕
それがきみ

<余談>
まぁ僕としては、

R「大濠公園ではみんな、反時計回りにランニングしてたよ」
P「きみはなにしてたの?」
R「ぼくだけ時計回りに歩いて、カメの写真を撮ってた」
P「きみだけおかしな人みたいって気分にならない?」
R「ならないけどカメは人間をおかしいと思ったかもしれないよ」
P「ロボが人間をおかしいと思ったかどうかはひみつだよ」

R「どうして人は楕円形の道があると反時計回りになるんだろう?」
P「それはね…月や惑星の軌道と…%&$」
R「えっ…宇宙ってそもそも上下があるの?」
P「#@!…太陽の進行方向と惑星の螺旋軌道がね」
R「*()/*」

みたいな議論ができるのが、割と目標だったりします。

一緒におどってみました。右下にいるのは aibo です。

4年前に広島の平和祈念公園に行った
子供の頃の「ただこわかった」記憶を更新するためでもあったが
何度見ても想像を絶する
重い記録だった。

衝撃的だったのは敷地内、千羽鶴や鐘の近く貼られていた
沖縄戦を伝える新聞記事だった。

地形が変わるまでの艦砲射撃から洞窟への火炎放射まで
そこで息を潜めてあるいは潜めることができずに
死を選ばされた人々、子供達
とても記述できないほどのこの世とあの世の地獄

知らないってどういうことなのか
その境界を超えたとき
心は泣くしかなかった

その新聞は翌年訪れたとき、片付けられていた。
オバマ来日に合わせて綺麗にされたのだろうか。

しばらく前は時折こういった番組があったが
どうなっているのだろう。

誰もが口ずさんだあの歌にも
綴られているらしいことなのだが
知らないっていう境界の向こうにお帰りよなんて
誰か言ったっけ?

長崎への原爆投下の際
B29の進行情報をキャッチしていた帝国軍部は
東京で会議を続けながらそのことを議題に上げず
当地の迎撃隊に出撃命令を出さなかったという

当時の紫電改のパイロットは後年
それを知って唖然とした

国防の名のもとに何を守ろうとしていたのか

「同じことが起こりますよ」

組織が守るのは組織の面子で
末端と見做している人を守りはしない
最初からそうなのか、ある時点でそうなるのか
見極めが案外難しいが、逃げ足は早い

いくら美辞麗句を使っても
末端と見做された人は
吸い取られ騙される
断定がきつくてもこれはいえる
「常にその対象だ」

僕は性善説を信じ
性善説を信じない
個人と集団の両方に生きている

その狭間にいろいろなやりとりがある
会社員だろうが公務員だろうがバンドマンだろうが
その日暮らしだろうが夢追い人だろうが
それが人間だと思っている

忘れていいことと
いけないことは
あるだろう?

そんな5月3日。

清志郎さん

僕が日本語の歌詞の音楽に本気で興味を持てたのは
シングル・マンを聴いたおかげだろうな。

お会いすることも共演することもできなかったけど
三宅さんや章二丸さんのおかげで少しそばにいさせてもらえた頃。

宝物写真見ながら5月2日。

エンリケさんと清志郎さんの写真と一緒の。吉祥寺にて。

アップはしないけど。

やっぱりアップしました(一年半後)

石橋とグラスのブリッジ

このニュース
全自動折り畳み機「ランドロイド」が「エアリズム」を畳めず、事業を畳んだ
出資先が Go を出さなかったからだという
まぁわからんでもないが

こうして完璧を求めて日本の大手やベンチャーが躊躇し倒れる一方で
GAFA(…っていうんよね)は
少なくとも Apple はバグだらけのシステムやハードウェアをスタンダードにしてる

上海行った時に思ったけど
あちらは1年毎に3回行っただけで街の様子が激変している
シェア自転車にEVに…

僕はどちらかというと今、時代に逆行して
デジタルを片目にアナログ&アコースティックに生きているけど
(だから僕は最新の Mac を買うのを躊躇する)
社会がメビウスの輪のようにねじまがっていくのはわかる
オーウェルや松本や筒井や、かつての SF が現実になっていくのも。

時代。
特定集団が決める時代、喧伝される時代。それに乗る時代。
どんな時代にせよ、それはもう昭和のようなアイコニックなものではない。

透き通った、硝子のような、向こうが幾重にも見えているものだ。
硬い壁を透過できるのは、意志と術を持った者だ。
それは、誰も、だ。

そう思うし、そうしたい。

石橋を叩いて渡るのか、叩いて壊すのか。
そんな石橋は、もうグラスのブリッジに変わっている。

ひかりはファイバーの中を直進しかできないのか、
振動し、浸透し、止まったまま動くことができるものなのか。

空想の中ではなんだか気持ちいいけど
身体が安らぎを求めている中、空想だけで生きて行くことは無理だろうな。

眠ろう。また朝が来る。

硝子と風の考察

一昨日のBABI CHANで話したこと
あれからも考え続けるのです。

(くもり)硝子の向うは風の街
とは松本隆さん
果たして40年近く経った今もそうなんでしょうか
僕らはもう一度 問いかける必要があるかもしれません
…と言っ(てしまっ)たわけなのですが

ビル街の硝子を一歩出ると
吹き飛ばされそうな身体が
確かに今も風の街なんだと
知らせてくれた今日
そこへこの動画です。

水やそれを湛えた生命体とは違って
硝子を湛えた都市の構造体は
風で揺らぐことはありません。

結果として、それ以外の空間に
風が迂回し、集中することになります。

これって冬のNYCでも感じたことなんですが
大丈夫なんですかね?
都市文明。いつまで。

いつかタルマーリーの渡邉さんに聞いたことですが、
気候変動含めて、です。

地球はやはり水の星ですから
魚に対する海や湖のように
人間も硝子を常に近くに欲しがっている
というのが私の直感です。

こわれもの / Fragile なのに。

そういえばこの(Yes の1971年アルバムの)ジャケットも示唆的じゃないか。

昨日、例の 世良 Mick 市民会館 ビレッジホール に入る前に
風車が本棚みたいに並んで
風が可視化されてる姿にしばし見入ってしまったのです(アスナル金山というところらしい)
祭りの提灯にも見えるし
あれはなんだかわからないけど、なんだかいいな。

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