アーカイブ: 2022年6月

static station

今日もくだらない駄洒落から

いってみよう

「ハモリ」とメモしようと思ったら

「は森」になった

という R さん

harmony が forest なら それは尊いですね

– KRKX station dajale がお届けしました

安全保障理事会

日曜討論をテレビでやっている。

話が噛み合わないのは当然としても

戦争をやりたくて仕方のない大人が嬉々として話す。

「日本を守る」とは

彼らにとっては、「日本の国家体制を守る」ということだ。

残念ながら、それは国民を守ることではない。

国民の命を守る、ということは

彼らにとっては、前線で戦わされる人を守ることではない。

空襲に遭い、逃げ惑う人を守ることでもない。

これは残念ながら、ずっとそうだ。太平洋戦争も、その前も、その昔も。

未だに歴史物語や大河ドラマでは、人々をコマのように扱い手柄を競った者が

歴史を作ったかのようにされている。

それは何もこの国に限ったことではない。

古今東西、そのような摺り替えが

何故ずっと通用しているのか、不思議でならない。


ロシア、中国、北朝鮮。これらの国名が踊る。

彼らを専制と貶しながら、彼らの体制に倣って自らも軍事国家を目指す。

ミイラ取りは進んでミイラになる。

SDGs、環境保全、人権。温暖化対策。

戦争はどんな題目も軽く握り潰し、灰塵にする。

どうして権力者は戦争を求めるのだろう。「だから」なんだろうか。

彼らにとっては遊戯に過ぎない。あるいは「ドラマ」に過ぎない。

賭博の材料に過ぎない。カジノと戦争もセットになっている。

どうして有権者はそれに乗るのだろう。

そこに気づかない限り、日本はまた滅びます。

次はロシアや中国に進駐される。その時、自民党は掌を返すだろうな。


現在、国連で中国とロシアが拒否権を発動し、という話があったが、

なぜそれができるのか、数秒考えてみよう。

国連の「安保理常任理事国」は

中国、ロシア、フランス、イギリス、そしてアメリカである。

これは、第二次世界大戦の戦勝国だから、である。

そもそも、「国際連合」とは “United Nations” すなわち

「連合国」”United Nations” から来ている。英語の名称も同じだ。

「枢軸国」である日本、ドイツ、イタリアに対抗し、戦勝した組織だ。

日本は、国連の「敵国条項」適用国である。

この立場の国が何を言っても、敵国の遠吠え、三蔵法師の掌。

もちろん、政府はそんなことを知らぬほど無能ではないだろう。

それが分かっていて、国民の支持を得る(欺く)材料にしている。

日本を軍国化したいのはもう一つ、アメリカの軍需産業。

そして、おこぼれで儲けたい国内企業。あるいは部品は中国で作るかもしれない。

そして、人が死ぬ。兵器(「装備品」と言い換えられている)って何かわかる?

人々を殺し、町を焼き、文化を無意味にする道具。

画面観てゲームやってちゃ、わからない。

人間の心を狂わせ、命を奪うもの。決して使われてはならないもの。

もう、作られる前から、政治家も経済界も狂ってきている。


改めて気づかされる。この世界がほとんど茶番だということ。

茶番の中で筋書きをし、波に乗って生きているのが人間だということ。

あるいは、そうさせられているのかもしれない。

歴史とは公平でもなんでもない。差別的視点によってつくられたもの。

気が遠くなる。

だが生きねばならないし、これからを生きていく。

コーヒーケトル

珈琲を淹れるにはある時間の流れが必要

朝なのに夜間飛行のつもりで想像だけ下界を見たり

立ち昇る煙に阿蘇山を思ったり

でも身体をじっとさせて数分もそこにいるのは

結構退屈で 少し別の発想をしてみる

コーヒーはハイハット

コーヒーはライドシンバル

自分の左側にやかんを構えれば前者

右側で遠目に開けば後者になる

そして想像の音楽を刻む メロディはあってもなくてもいい


最近、ずいぶん久しぶりに本を買って

読んでいる。細馬宏通さんの『うたのしくみ』だ。

2014年に刊行されたもので、もともとはそれ以前の web 連載だったという。

内容はところどころ知っていて、その中でもひとつは

豊橋のあるカフェの棚で見つけた「ユリイカ」に掲載されていたので

(しかもそれは2004年のものらしい)

衝撃的に覚えている。

松本隆さんのドラミングと歌詞をテーマに、ドラムとシンバル、ハイハットの歴史を網羅した

その辺りがストライクゾーンな私にはマタタビのような怪文書だったのだ。

木天蓼に恍惚とし、フルカウントで三振した私は

その後ずいぶん経って

「ハイハットで閉じた身体」「ライドで開く身体」

とは何か?

楽器奏者としては未だ一寸納得できないまでも、

これをドラム以外の日常行為、

すなわち「珈琲を淹れる」という行為に置き換え、

液体と点滴、時間のグリッドとそこからの離脱を思ったのである。

報告は以上です。

灯台下暗し 二〇二二

は〜 誰が呼んだか 俺の人生

…ダダダダダダだダダダダダだ

だるっまじんせ〜い

大学時代の同級、マリヤマコージ氏の代表曲、「達磨人生」である。

ハードロックからボサノヴァ、3連のフォークと
自在な活動をしていた彼らのうち、二人とはもう遭えないというのは
時だけのなせる技だろうか。


自分の人生は何か、と思えば、

灯台下暗し人生

に違いないだろう。見過ごした たからものたち が

自分そのものを形作っている。

本当の宝が何なのか、それはこれからも見つけては過ぎ、見逃しては過ぎるだろう。

あともどり / りどもとあ

のオートリヴァースを繰り返すかもしれない。それはわからない。


日常レベルでの灯台下暗しは酷くなる一方である。

本日の出来事 その壱

用件がひと段落し、段ボールと古書籍を束ね、車に積んで「こしのえき」に出かけた。

ご存知ない方のために、これは段ボールを食べてくれる24時間ステーションである。

最近、いつもと反対方向に こしのえき を見つけたので、これ幸いとまずはそちらに向かう。

次に、買うのが億劫だった工具を買いに、DIY 店に出かける。反対方向だ。

DIY 店の駐車場の入り口スロープ手前の信号で、あることに気づく。

『いつもの こしのえき』は、この DIY 店の駐車場にある。

なんでわざわざ、別の こしのえき に行ったのだろう?


その弐 は楽器に関することだが

これに輪をかけ ばかばかしいので 記さない。

記してたまるか だまるは達磨人生也。

gi

こおろぎ に ねぎ

何故打楽器には「ぎ」がつく

撥折れたまま 半年前から座する

かえるぎろ に

聞いてみたい わからない

すぴーくす

どんなにヘッドフォンでいいと思っても

たまのいいスピーカーでいいと思っても

カーステでいいと思っても

iPhone のスピーカーでダメダメなとき

なかなか立ち直れないものである

常にそうなのだけど

dochiradarou

来月からを少し構想する。

といっても特にどこに行くわけではない。

出向かずとも、やることはある。

半年間ずっと眠らせていた、

葉の下にあっため 涼めていた虫のような

音楽を少しずつ。

たいしてかわっていないし、おおきくかわっている。

どちらだろう。

みぎわ

今年はあまり燕みぬ

うちもつくらず

散歩も億劫

みぎわの滑空路

すりぬくつばくろ

都塵はつばさにまとわない

そらはだれのもの

うみはだれのもの

大儀は措き

みずのむこうを眺む

淡い水面の彩度を上げる

とびはぜにいとし

轟音にけむり

いく人は

うしろむき

きせい

じぶんはどちらもなき

おときき

あわいみぎわ

とおきをながむ

らいふわーく

詩と音楽

ライフワークである。

言葉はうたうように

うたは話すように

それを実践できるようになるのは

いつか。

が、それは誰でもできていることでもある。

楽器でうたう

シンバルでわらう

鍵盤で泣く

ね?

そうとらえると、音楽はとても広く

世間で言われているようなジャンルなど

便宜上でしかなく、いくらでもひろがる。

どこを結びつけても、どこを忘れても、

それは、こたえ。

觔斗雲に乗り

矢野誠さんと友部正人さんのアルバム。1994年。

のっけから異世界の音と、誰にも似てない声に連れていかれる。
はじめて聴いたのは、鎌倉のさる電気工房の居間だったか。

友部さんとは一度だけ、横浜の三宅伸治さんのライヴでご一緒したことがある。
最後に加わってもらった「はじめぼくはひとりだった」。それまで聴いたこともない声だった。

このレコードを聴いてもそれは変わらず、何度かけても「聴いたことのない声」が再生される。
どういうことなのだろう。

矢野さんとは2000年代初頭に、ふとした縁でお会いした。
六本木のクラブや、木更津の社交場カフェでライヴに参加させてもらい
その後も折にふれ連絡をいただいたり、活動を追ったり。
直接師事したわけではないものの、いつも大きな影響とインスピレーションをくださる。

今回、そんな矢野誠さんのソロアルバムに参加できることになり、録音も佳境の日々。
といってもリモートで、バンドでスタジオ録音された音に、この部屋でベースを加える。
普通と逆というわけです。

矢野さんの音楽はピアノの左手が音を決定づけていて、ベースがどう共存し、絡むかがとても重要。
なおかつ綿密に「編む」方なので、書き譜も多く、隙間も多い。そしてそのラインが。
僕の経験の範囲だが、こんなスタンスで音楽であり続ける人は他にいるのだろうか。

一見不思議な音の並びが、自然に絡んでいることが、何度も繰り返すとわかってくる。
それをプレイで反映できるか。
時間がかかりつつ、やってます。

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