カテゴリー: mono

はるだから

春だねぇ…

夜になってもぬくい風もそうだが

この季節を感じるのは

ものごとが急に停滞することだ。

次々にコンピューターが壊れていく。

録音をしようとすると Mac mini にログインできなくなる。

パスワードが合ってるのに(持ち運ばないからそもそも設定してないのに)決して先に進めない。

リセットするとすべてが白紙になったのでデバイスも何も使えなくなる。

その間1時間。録音する気も当然なくなる。

頑張ってはみるが…

翌日、ログインはできるが不可解な動作連発。なぜかターミナルが開く。

録音を寝る前に聴き返したいが

OS をメンテアップデートし、限りなく時間がなくなるので諦める。終了。日記を書く。

テクノロジーは、どんなに発展しても、僕に関しては決してスムーズにはならない。

何かを感じ取り(それはたぶん)

僕にブレーキをかける。決して何もするな。

何もなしとげるな。

何者にもなるな。

お前は何者にもなれない。

のろいかよ。

(それはたぶん)

春だから。

この季節は苦手だ。ずっとずっと、苦手だ。

今年は克服したいなぁ。せんとなぁ。

アルバ紀

Alba / Ray Kondo

この曲は前述の通り
元旦に思いついたベースの
ピチカートとアルコのラインに基づいています。

ある方からの年賀状にあった詩に
触発され

自分の本分から目を逸らしたらあかんな、と
今年は再びベースに向かうことに。

そこから、自分の詩をつくるのに
一ヶ月寝かせておきました。

何かパーカッシブな音が欲しかったので
写真の棒を使いました。

師走、古くからのやり方で綿生地を作っている工房を訪ねたとき
気になって買った「つむぎ棒」です。
織機の部品に見えます。
正しい名称や使い方はわかりません。

ギロにもウッドブロックにもなるな、と思ったのですが
音量はとても小さく、でもときどき、いい響きがします。

何テイクか録って、重ねました。

ジャケットは
楽器の表面と
ノートの落書きを
透かせてます。

Alba / Ray Kondo

うみのうえ
ほしひとり
そらをまつ
ほとりのひ

はこのなかの
ひかりを
たびにだそう

うみのうえ
ほしふたり
そらおりる
はまべのよる

はなのなかへ
ひかりを
てらそう

あ、ぜんぶひらがなにしてますが
漢字だといみがかわるかもです

さしあたり「うみ」が「湖」だったりね

画角

主観と客観。俯瞰と切り取り。

それぞれ違う。アスペクト。

本当はこれら全部大切だけど、とてもカバーしきれない。

主観の深みを知ると、客観の無意味を思う。

逆も真なり。

感覚や心理の扱いって、わりと厄介だ。


どんな生活や仕事をしていてもこれらはついてまわるし、

対人関係にも(たぶん、まちがいなく)関わってくる。

人生、いやになっちゃうひとは、それらを多く感じているから、なのかもしれない。

注入してくる流れをせきとめるために、視覚、聴覚、触覚に弁をつける。

フィルター、あるいはフレーム。あるいはラップ。

こういうことって、日々、大切だな、とも思う。

昆虫の目は何を感じているか。学べることもあるかもしれない。


「昆虫食」がヨーロッパで、知らず知らずに実用化されている、とか
そんな噂をきく。真偽はわからない。日本にも入ってきている、とか。

だが、ない話ではないんだろうな。

食の問題は本当に大きくて、人間は日々、身体の組織が生まれ変わり、入れ替わっているから
そこには当然、身体だけではなくて脳組織、心、も少なからず関連するだろうから

食べ物で人は変わっていく。

まぁ自分の状態がよいのか、悪いのかはともかく、
10年前と比べても、身体や歯の調子がいいのは、食に気をつけているからだろう。

これも、逆もまた真なり、だろうな。


出雲とは、どういうところだろう、と思う。

複数の意味で…

親戚が居た頃、旅すればよかった。おいそれとは足を伸ばせない。


パーカッシブ、ってなんだろう。

足踏みであり、見知らぬ子供が打ち鳴らす空き缶の音だったりする。

受け入れながら、こちらもなにかしら、打ち鳴らす。

自然な波が生まれる。


ダイナミックマイク。SM58 ってやはり、驚異的に優秀だ。

昨日は vo にも ac. bass にも58を使わせてもらった。

アコースティック楽器の増幅は本当に大変で、世界中の誰にとっても永遠の課題で、
僕も double bass の増幅はずいぶん突き詰めたし、結果的には最高の音を得た。

だが、楽器が変わると、一からやり直しになる。
Taylor のアコベは、内蔵のピエゾとプリアンプではアコースティック感が完全に台無しだし
(これだったらエレキベースの方が1億倍いい)
ライヴはどうすればいいんだろう。

いろいろ試した結果、58でマイキングするのが一番よかった。

でもマイク立てるのって手間なんですよね。スタンドも要るし。近接効果でかいし。
なんとかマイクを内蔵できないものか。

楽器に搭載するマイクってコンデンサマイクばかりで、
ECM タイプは小型化できるから、なのかもしれないけど
感度がいい分、常にハウりの危険があって、設置できたとしても気をつかう。

ダイナミック型のミニマイクがあれば、一気に解決すると思うのだけど、
どうなんでしょう。

「貼り付けない」タイプの。そんなのあるのだろうか?

…と調べたら、意外とあるんですね。Shure のを試して、よかったら内蔵してみようかなぁ。

かつやくとコインシデンス

こちらも、アルバム で活躍した

バンブーチャイム
チベットのベル「ティンシャ」

そしてウッドブラインドならぬ
バンブーブラインドは
音楽密造者を
巷に発覚されないために
とても活躍しました。

活躍かつやく言うなってか。

「いちおくそうかつやく」から、一気にこの言葉が怪しくなったので

使い直してやる。

なお、アルバムではこの他に

写真ではティンシャを引っ掛けてる S 金具、財布に入ってたコイン、

いつものカエルギロ、ツアーからちゃんじゅんに借りっぱなしの Afro シェイカー、

Adbaloo 時代に3人で揃えたエッグシェイカー、

ヤマハの壊れたメトロノーム、エナジーチャイム、コーヒーミルなど

さまざまな打楽器や物体音、名付けて「コイン・シデンス」が入っています。

初期化を二回

ここ数ヶ月、激重で調子悪かった MacBook Pro を修理に出すことに。
ハードウェアがおかしいらしい、と見極められるのに結構時間がかかった。

この機種の弱点は GPU の熱対策だろうとは、買った時から思っていた、のですが。
その証拠がない。あくまで自分が集めた情報と経験での類推。

2016年以降の薄型の MacBook Pro は、折角ハイスペックの CPU やグラフィックボードを載せても、排熱が追いつかずオーバーヒートする。
熱対策は年々改良されていたとはいえ、Intel MacBook の宿命じゃなかったか、と。
M1 以降はたぶん、こんなことはないと思う。希望的観測だろうか。

2020年は、フル回転のファンの爆音と火傷しそうな膝と共に、これでいっぱい曲作ったし、リモート録音もやったけど、
昨年からは音楽をこれでやるのはあきらめて、他の方法にシフトしていた。

もともと、買った当初は、コロナ直前でもあったし、曲提供もし始めたばっかりだったし、
映像も作りたいし、年間百回新幹線乗って、やったるぞと、一番ハイスペックの MacBook Pro を買ったのだった。

3年経って、これが命綱になったし元は取れたけど、映像は早々と諦めたし、自分も被写体になる気はほぼなくなってるし、
おまけに、新幹線どころか普通列車にも地下鉄にもずっと乗っていないし、
物事は計画通りにはいかないものだ。

可能性が狭まったのは、逆によかった、と思っている。

ともあれ、そんなのでしばらくは、ブログも滞るかもしれない。

何十万個もあったファイルが消えて初期化されると、Mac ってとってもきれいだ。
元気になって帰ってきたら、何かの形で活躍させてあげたいな。

rot orff

アルバムで活躍した

赤いグロッケン

バーチャル音源や打ち込みは、使わないんです。

削りぶし

十月。

「かんなで削るような」月になると書いていましたが、

結局、録音や音いじりばかりをしていると、あっというまに月が終わり。

ようやく形が見えてきた、アルバムのリメイク作業も佳境で
…まだ終わってなかったのか…

たぶん、ごく数人にしかわからないであろう、その大きな違いを
早く聴いてほしい、という気分にもなってきました。

小さな違いと大きな違い。

アナログレコードの針が読み取る震えの違いは
溝に住む微生物が巨大な針の襲来に驚く声の重なりか。

無限に微分な0と1の違いか。

どちらでもいい。削られた片にも意味がある。

あるいは、削りぶしにこそ。

パーカータイマー

パーカータイマーが近づいている。

字面にするとなんとも間抜けなこの言葉、
もちろん認知されてはいないし、まして英語圏ではありえない。

‘08年の日記で「スターバックスタイマー」と記してあったので
その流れで思いついた。

共に、「ソニータイマー」のもじりだ。

さて

小生にもいくつか、お気に入りの服がある。
決してオシャレな方ではなく、むしろファッションには滅法弱い方だ。
近頃はコロナでその本性が露呈している。

そんな私でも、お気に入りのパーカーがいくつかある。

これらはいつのまにか姿を消していく。

たぶん、着れなくなって、だと思う。泣く泣く処分したような記憶が
うっすらある。
(私の記憶はとても曖昧で、そのうち閣僚になれるんじゃないか、と思うぐらいだ)

中目黒の高架下にあった Riding High の、後ろだけ黒セーターみたいなパーカー。
湾岸スタジオに行く途中にサブとして買った、なんでもないけど千鳥格子が使いやすかったユニクロパーカー。
なぜかどれもグレー。

今回犠牲になりつつあるのは、栄で買った Replay だ。
ミュージカルのサウンドチェック後にふらっと買いに行ったのだと思う。
黒とさんざん悩んで、これもグレーにした。

今年も出番か、と着出したら、どうも袖のあたりがおかしい。

穴が空いている。しかも日に日に穴が成長していて、切り取り線の予感すらある。

ある日、長めの袖がぽろっと取れる。

想像するだけでおそろしい。

またか。でも8年着たから、いいのか。
パーカータイマーってことか。

解せないな。しかし。

先と後

写真を撮ったりいじったり、ということを
久しぶりに少しだけやってみる。

いつのまにか、世の中からは一眼レフが消える動きになっているらしい。

結局買うことはなかったか。あるいは、ずいぶん先になって、手に入れたりすることになるのか。


「先」が「向こう」か「手前」か

考えだすとわからなくなるときがある。

before, in front of, ahead,

たとえばアメリカでタクシーに乗せてもらって
「あの車の前に停めてくれ」という案内人と運転手のやりとりを観て、伝わりにくいなと感じたり。

「向かって右、左」もそうだ。わかったようで、わからなくなる。

「先」は昔でもあり、これから先でもあるしな。

fragile

ずたずたまで壊れてしまったものを、再生。

危険であっても、生きようとする力が出る。

そう感じられるのが、いとおしい。

せめて心の中だけでも。


そう思い、いい力を感じながら過ごした昨日だったが、

最後に。…いかん。

それはもう、それはもう。

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