これもちょっと前のレコードだけど
今の気分にとてもいい。
Matt Penmanのプレイ、クレバーで土臭くてとても好きだ。
それから…
まったく関連はないが、かっこいい… steteco なるもの
敢えて前のシーズンのをリンクしているが、すんごいおしゃれ。
これもちょっと前のレコードだけど
今の気分にとてもいい。
Matt Penmanのプレイ、クレバーで土臭くてとても好きだ。
それから…
まったく関連はないが、かっこいい… steteco なるもの
敢えて前のシーズンのをリンクしているが、すんごいおしゃれ。
こおろぎ。チェーホフ。
ヒルマンさんのおいしい水とジャガイモとチキン。
バス停近くで旋回する二機の戦闘機。
海底二万マイルのネモ船長。
「キャプテン・ニモ」に空耳
ファインディング・ニモってまさかこれとひっかけてる?
un-biased(偏見のない)という言葉が耳を削ってく。
金儲けのための戦争。
火薬を掘削し運ばされる囚人たち。
バイオリンと雪車滑り。
風と言葉あそび。
風音に隠すことができぬなら
口パクしてもよかったな、と今でも思うタクシー。
オーバーホールに出していた楽器を引き取る。
開いたボディに緩んだペグに、鷹の仕業のような多くの爪痕。
アトリエハシモトさん凄い。ほぼ完全に治っている。
昔LAのWestwoodで、あまりの低視力に身の危険を感じて買ったクリップオン丸眼鏡グラサン、
れんず屋とやらでレンズオーダー。
近視はともかく、乱視が進んでいる。15年前はスマホも無く、ノートパソコンもまともに使わなかった。
日本橋と丸の内と三ノ輪と大井町と自由が丘と東池袋と神保町と代官山と世田谷。
歩いて、色々な人に会って、自分をリプレイす。
その間自分の中で変わらなかったのは、凄い人がいっぱい居るという思いと、
Alexandre Andrés、Booker Littleの音楽は時を経てこそ素晴らしいということ。
明日からは全く新しい日々が待っている。
テルマエ・ロマエ II を観る。
初日に名古屋で観たかったぐらいだが、さすがに公演・打ち上げを抜け出す心臓は無かった。
楽しめたし、反戦メッセージ(???)みたいなのも無くはなかったが
冒頭は好戦的でグロかった。それから自分はあんなにストイックにはなれんだろうな。
それにしても開演前の他映画トレイラーの音のデカさにはうんざりしてしまう。
映画本編はダイナミックレンジも確保されているし、まだ聴けるけれども、
音をデカくすれば関心を惹ける、みたいに思ってる人、
デカい音だと観たくなる、と思ってる人、
まだ沢山居るのだろうか?
僕などは耳も心も塞ぐんだけど…
逆に耳を開いてくれるのが
劇中のじいちゃんの笑いやおばちゃんの接客の言葉、
温泉郷の湯の音。なんでもない音。
木こりの唄も、よかったな。
雨音と共に気配かわる。
カメラ、スニーカー、お預け。
録音機、黒に交代。
押し入れの盤引っ張り出し、聴き直し。NicoとColinとStones
記憶の楽譜、念写しダウンアップボウ。
ツバメたちと話しつつ、
子供の頃の、明日より先の、音探そう。
when the world is running down, you make the best of what’s still around…
中身の濃さに、1年も頓挫してしまった
本が死ぬところ暴力が生まれる / バリー・サンダース
再び読み始める。
やはり凄い本。
第6章 口承世界を育む母性
産業革命から、1920~50年代のアメリカを題材にしているが
リアルタイムの日本でも、全く同じことが進行していたのでびっくり。
地デジ電波に乗って、つい2日前の朝に。
あぁやだ。
そんなときはスイッチを消して
僕らにはどんなロジックや市場よりも
カタコトと心臓のリズムの方が響く
って、思い出せばいい。
ビッグコミックスピリッツを2号買った。
美味しんぼ603、604話
フィクションでなく現在進行形の事に対して
意見をはっきりと記したという点、
対象を実名にしたという点で、かなりのリスクを覚悟した行動だと思う。
603と604でトーンの変化は感じたが。
勿論、この世には数えきれないほどの「実名」の人がいる。
また「団体」がある。
それぞれの意見、利害はさまざまだろう。それらを一つの漫画で描き切れるわけはない。
…そうすればするほど、傍観者になっていくから…
僕の記憶する限りでも、3.11以降
東京、千葉、静岡の知人や、知人の子供の中で
鼻血が止まらないと言っていた人が確かに数人いたし、
これらを無かった事にする「一部の役人」のペーパードライバー感覚は信じられない。
僕は気をつけていたおかげか偶然か、
今に至るまで鼻血は出ていないが。
こんな報道と平行して
現首相は「原発による健康被害はない」と発言している
まったくの平行宇宙感覚だ。
だが、僕らの棲んでいる空間は、残念ながら平行宇宙ではない。
昔、僕は世界史を専攻していた。
大学を出てからもしばらくは、歴史は人間のすべての行動、想いを含む、最高の学問だと思っていた。
だが、ある時からは「綴られる歴史」というものが
如何に「ある視点」でしか書かれていないか、ということに気味悪くなった。
起こったことをどう解釈するか、都合の悪い解釈をどう潰すか、それに躍起になってきたぼくら人類。
人がどれだけ死に、文化がどれだけ破壊されても「…戦争」「勝利」「敗北」で片付ける言葉の凶器。
甘えを、言葉で定着させれば、許される、と思っている何か。
歴史は繰り返すというのは、歴史は常に間違っているからかもしれない。
歴史が沈着し、固定化されていく事は、とても怖い事でもある。
そんな風に、今は思っている。
あらゆる手段で、情報のふりかけによって人が味付けされている今だから、余計にそう思う。
僕は、雁屋さんの考えの背景を支持するし、美味しんぼでの表現はその一部であると思うけれども
その行動を応援する。
問題提起は、フェイクで目を逸らされないための、僕らの生きている、しるしだ。
We are spirits in the material world
– これは、33年前にStingが投げたボール。キャッチボールは、これから。
淡路町にあるWaterrasという広場で
Jazz Auditoria 2014 に出演。
David Matthews Trio。
前から声をかけて貰っていたとはいえ、
リハ一回、いきなり伝説のミュージシャンとトリオを組んでジャズフェスのトリという、冗談みたいなシチュエーション。
The Selector ばりの Too Much Pressure、ここ一月ほど心拍数が上がっていた僕に誰も気づくまい。
でもそういうの、嫌いじゃない。
譜面を100ページ読み続けてバス椅子に座るモードからスイっちんぐ。
いざ始まると、楽しもう、とは判っているのだけど、
楽しすぎる Dave のピアノと波多江さんのドラム。
絵に描いたような様式美と逸脱
E. Gomez みたいな速いパッセージを期待されるとこでも、レゲエビートが入ればいつもの自分になる…
ka i ka n …
一時間はあっと言う間に過ぎた。
もっとこう、みたいなのがいくつかある。
またトリオできたら、もっと先に行きたい。
ariga to gozai masita!
ありがとう、青山劇場。
いくら感謝してもしきれない時間。
このロケーションが、また色々記憶を揺さぶるんよな。
向かいにあるLoop、Adbalooでliveしまくった日々、
沼さんと初めて演奏した豪雨の東京デザイナーズブロック
だけど劇場の中に入ることは、夢だった。それが叶ったかな。
最後はゾンビメイクをしてオケピに入り
本人たちは面白く
客観的にはそれはそれは怖かったと思う
しばらく間が空いて、次は名古屋です。
「アダムス・ファミリー」東京公演中。
青山劇場はそれは素敵な空間で(これが壊されてしまうというのはどういうことだ?)
オケピからの眺めも壮観。
自分から舞台は見えないのだけど、縁あって演奏できることになった自分たちの音が、歴史あるこの劇場に交わり、人々に交わること、そこがスタートやな、と思っております。
相当面白いので、ミュージカルを今まで観た事ない方も、ぜひ一度。
名古屋、横浜、大阪も回ります。