バーバラとボコスと僕

愛知 セントレア近くの街 常滑市

常滑やきもの散歩道に

BARBARA COFFEE ROASTER という
とても… 異空間なカフェがあります。

と書きつつ、僕はまだ行ったことないんですけど

ここの本店、KEDI BASKAN そして
かつて存在した名古屋市千種区の BABI CHAN CAFE

といえばご存知でしょうか。

KEDI のマスターとマダムには大橋トリオのツアーバンド時代から
何かとお世話になっており

BABI でやらせてもらった ray live mini @ BABI CHAN CAFE は
知る人ぞ知る伝説の宴でした。

その後コロナを経て、だいぶ間が空くのですが
今回、すてきなお誘いをいただき、僕も混じることになりました。

The BOCOS のことを初めて知ったのは池上本門寺の SLOW LIVE だったか。
LD&K の谷口さんに、ばったり会って、なんと彼が…みたいな。わかる人はわかる話です。

で、その後 赤い靴の浜松公演を手伝った時に、対バンしたのがこのお二人です。
懐かしい…
そのときのお店も、どうやらなくなっちゃってますね。
何かいろいろ変わってるような、たぶん彼らは変わってないような。

羊毛くんは、これも赤い靴の月観ル公演でギターで参加してて、そのとき僕はベースで、
それを大橋トリオどんが観に来てて、それで何を思ったか、いきなり年明けの全国ツアーから僕を抜擢してくれたのですが、

今から思ってもあの流れは不思議でした。たぶん裏で、神谷くんが手を引いていたのでしょう。

さて、そんなこんなで 2024年。

僕の音楽活動もいろいろ変わっているわけです。
やりたいことも、身体に入ったことも、感じ取っていることも。

はっきりいえるのは、このイベントは間違いなく面白くなるだろう、ということです。
どうぞ、お楽しみに。

3と1と1と

昨日は
能登半島地震の義援金
Bandcamp の売り上げとしてお預かりした額と
自分からの分を含め
振込してきました。

改めて、楽曲購入くださった方々、
ありがとうございました。

少なくとも義援金自体の受け入れが終了するまでは
この企画は継続しますので
今後とも、もし楽曲が気に入り、趣旨にご賛同いただける方は
よろしくお願いいたします。


夜は地域の防災訓練。

そもそも災害は「予定」されているものではなく
19時に警報が鳴る、などといった訓練に意味があるのか?
という考え方もできる。

それでも、準備は無意味ではないでしょう。

いざというとき、地域で密接に連絡を取るのがいいのか
そんなことじゃなく、「てんでんこ」で逃げるのが大事か

それも、正解はない話。

役割(システム)を構築する事は、それ自体がある種、快感でもあり
そこで満足してしまう大人、老人、若者、それぞれいると思う。特に男性の場合。

たとえばヨーロッパでの核戦争を描いた漫画「風が吹くとき」
ここでも、男の老人(おじいさん)は、ミサイルが自分たちの街に到達するまでの間
NATO だかの軍事システムがどれだけ組織立っているかを暗唱し、
それで自分と妻(おばあさん)を安心させようとする。
おばあさんはそれを聞き流し、別の心配をしている。

そんなもんじゃない…
どんなもんか、と言われて答えられるものではないけれども。

ともあれ、いざというときに自分が何ができるのか、
それは、わかりません。

でも、できることのキャパは、閉じないでおきたい。


自分がここ数年間、よりアコースティック傾向を強めているのも

物は結局持ち出せない(かもしれない)、電気は使えない(だろう)

ということが大きいです。もちろんアコースティックといえど、大切な楽器をそんなとき、持っていられるかはわかりませんが

でも、身体で音楽を覚えていれば、何もなくても音楽家でいられる。はず。

そうでなきゃいけないな、いつになったらそうなれるんだろう、という思いは、ずっとあります。


3.11 は、多くの人もそうであっただろうことですが、

僕の価値観を根本的に変えました。

被災された方に(遠いところから、わずかなれど)心を寄せると共に

それからの日本がたどってきた路がどうだったのか

がっかりすることも多いのだけど

あきらめず、歩んでいきたい、です。

sea and lake – for NOTO

sea and lake


2024.3.1 release at Bandcamp

ことばにならない曲を
3月のはじまりに

収益は能登半島地震義援金として全額を寄付いたします。

僕個人の音楽など微々たる力ですが
気に入っていただけた方、賛同できる方、よろしくお願いします。

ray: doublebass, gut guitar, glockenspiel

https://stillbeat.bandcamp.com/track/sea-and-lake

* 当初「Bandcamp や金融機関の手数料を除く全額」としておりましたが、これらは既にご購入いただいた分も含め、当方が負担いたします。

KAAMOS on Trio & Charm

大橋トリオ & THE CHARM PARK
Trio & Charm


2024.2.28 Release

5曲目の “KAAMOS” を作詞しました。

まず、この素晴らしい二人の音楽家、そしてこの世のものと思えないぐらい美しい曲に
僕の詞を付けさせてもらったこと、深く感謝します。

アルバム全編すばらしく、またジャケットもいいんですよね。
場所はわかりますか? 金沢にある、僕も大好きな場所です。

さてここから、作品について。

作詞というか、詩作、という感覚でしたが、
KAAMOS というのはフィンランド語で「陽がのぼらない」自然現象
すなわち「白夜」の逆の「極夜」(きょくや)のことです。

極東の日本にあっても、
「あかり」と「闇」の間(あわい)に、私たちは生きています。
これをどう捉えるか。
…あとは、作品に触れてくれたおひとりおひとりに、委ねます。

次に、可能な範囲で、制作の背景を。

昨年の…大晦日に依頼があり、それから三ヶ日(さんがにち)にかけて、書きました。
年末年始どころじゃなく、意識と無意識を総動員したわけです… が

それはつまり、その間に起こったことも、含んでいる、と思っています。

もちろん、それまでに体験したこと、感じたことも
この音楽に触発されて、書き、含めています。

キーが高いなーと思いながら夜中に仮歌歌って考えたり

送ったら声が小さくて聴き取れへんわ〜言われたり

でも、好きに書かせてもらえました。流れでタイトルもそのまま採用です。

また全部、ひらがな にしました。

区切り方や漢字によって意味が変わるところもあるので、自由にとらえて欲しく。

自分も、作りながら1,000回ぐらいは聴いたんじゃないかと思います。
ミックスもマスタリング (molmol 佐藤さん) も素敵なので、リリース後も聴きそうです。

みなさんもぜひ、一回でも何千回でも、聴いてください。

ここからは作家、クリエイターとして。

前回、曲と共に大橋トリオに提供した “quiet storm” とはかなり違う方向ですが
僕の2020年以降の僕のオリジナルを知ってる方は、おわかりになるかもしれません。

Plum” や “Atto Iu Ma Ni (2021 ver.)”、”あかりをつけたら” など。
興味あれば、ぜひチェックしてくださいね。

詩と音楽は答えのない旅。これからも続きます。

Takeshima Kobayashi

友に会いに、名古屋へ。
港区にある秀葉院というお寺です。

小林創さん、武嶋聡くん

大橋トリオのツアーで各地を一緒に回ったのは2021年1月まで。
コロナの中、僕は生活上の事情でリタイアしましたが、彼らはその後も現場を続け
星野源や朝ドラやエゴラッピンやアン・サリーや…
そして連日連夜の演奏、制作、出演。活躍ぶりは書くまでもありませんね。

毎日が音楽三昧の、一流の中の一流のミュージシャンです。

彼ら二人のデュオ・ツアーというのは2020年から計画があって
実は当時は、岡山と金沢の二公演で僕も混じるという予定でした。
(20年の隔離生活中も、リモートリハなど試みたのですが…当時の技術では、3人のリハは実用的ではなかった)

そんなこんなもありましたが、久しぶりに挨拶に行こうと
カメラ持って、フォトグラファーのつもりで向かいました。

お客さんの熱気で、スモーク炊いてないのにすごい

…というのは嘘です。

会場の後ろに擦りガラスの窓があって、その背後から撮ったので。

雰囲気あるでしょ。

さぁ、これで僕もライヴフォトグラファーの第一歩だ、と思ったら
実は家を出る直前、小林さんに無茶振りされて、あれを積み込み、

リハもサウンドチェックもなしに、終盤に飛び入るはめになりました。

楽しかったけれど、なにしろ回線チェックもその場なのでまともに MC もできず
舞台感覚も含め、なかなかスリリングでした。

お二人の素晴らしさが、引き立ったのではないか、と思います。
写真は Cow and Mouse さんより。

まぁそれはさておき、彼らの演奏はグレートだった。

舞台演奏を激減させている僕から観てそれは当然だけれども
離れているから、わかることもあって。

音の重みや変化や漂いかた、とどきかた
あ、でもそれはやっぱ、言葉にはなりません。

コルトレーンの Lush Life
(まだ発音がわからない)Gideon Nxumalo の Isintu
じんじん来ています。

また聴きたいな。

 

螺旋と糊代

ある週末の記録。

この前と同じように、名古屋経由で西に行く。

10月、12月、そして1月。いや、12月はそのまま折り返したのか。

まず三重へ。正月明けからすぐにでも行きたかった nest にようやく辿り着く。

なぜならここは、降りてくる巣なのだ。なにがだ。

とはいえ、なんとかして自宅や湖周でインスピレーションを掬い、織り込んだ作品は
漸く完成した模様で、今回は喫緊の「降りてくれなきゃ」はない。

jazz の燈の下でふみつけるきおく。
実際、頭を空っぽにしたかっただけかもしれない。

雪景色を撮りながら、今じゃすっかり慣れてきた IC からのいく通りかの道を折れ、
名古屋に向かう。

逆やん。

逆やけど。今回はそうせやな、目的を達せられへん。

ライオンシアター、Kitri を観にいく。

入ってみるとなんと! “ライヴハウス” やん。
懐かしさと不思議なアットホームさを感じ、後ろで観る。

キトリを観るのも3年ぶり。社長さんの計らいだが、
俺、こんな歌上手い二人と一緒に、ハーモニーやってたこともあるんだな。

オーチャードホール、記録に残らないあの曲が蘇る。いや、でけへんけど。今は。

バンドネオンより一回りこぶりな、〇〇…なんて楽器だっけ
(コンサーティーナというらしい)

手動エレクトロニカ、連弾になったと思ったらすぐに右側に戻るヒナさん。

フロンティア、というか、パイレーツやなぁ。

女海賊、二人組、みたいな。

京都。学生時代からの友 Uくんに会う。
Stewart Copeland の “Police Diary” をお土産代わりに持っていく。

小綺麗になった学食を訪れ、喫茶店で色々話す。
ポリスとツェッペリンとビバップについて。ドラムについて。

阿闍梨餅をいただく。

音楽サークルもバイト先も東京もアメリカも、
一緒ではないけれども、パラレルに体験してきた友だ。
4年間の空白も、もっと前に戻せる。かけがえがない。

別れを告げ、帰る前に、今日こそ恵文社に行ってみようと思い立つ。なぜだか自分の中で敷居が高かった。

ダメ元で、しばらく消息がつかめない友に打診しつつ、一乗寺へ。
本屋のすばらしさに感動しつつ、なんと連絡が取れている。少し会う約束をする。

光嶋裕介さんの「ここちよさの建築」を買う。

秋の On Reading と逆のパターンで、その後でギャラリーに寄る。
展示がすてきだ。

海辺や夜の…青… がきれいなのだが、それだけではない。

暖色も、きりっとした輪郭も、やわらかさと同居している。
プレパラートから観た景色とでもいうか。

理系と文系のまじった画風というか。ありそうでない。

作者の萩結さん、少し話すと、浜松の方だった。

また好きな作家さんが増えた。

ギャラリーストアで売ってたカメラオブスキュラのミニチュア、欲しいなと思いつつ断念し、
書店を出、Kくんに会う(イニシャルが僕と同じだ)。

彼とも4年強、会えていないのに、ニックドレイクの Pink Moon や
彼とジェームステイラーのストリングスアレンジの「ねじれ」や
ギターが「なりすぎない」こと、ふつーに話せる。何事もなかったかのように。

ひとそれぞれ。このコロナ禍、止まったことも変わったことも、苦労もいろいろ。
それでもふしぎなことに、全然違う螺旋時間をつなぎとめることができる、謎の「のりしろ」があるようだ。

蹴上から京都を出て、いつものように高速に乗り損ね、ぐるぐる回って、夜半に帰着。

いいことがいっぱいあって、けして晴れてない夜空に

冬のダイアモンドが、まじで光ってた。

カペラ、ポルックス、プロキオン、シリウス、リゲル、アルデバラン。

七日

ことばに無力を感じ


といいつつも、それは常にそうでありつつも、
今年はちゃんと形にしていけるよう、やっていきます。

またお知らせできるかな。


演奏について

…思うのは、いろいろな角度で
弾くこと、聴くこと、楽しむこと、努めること、ふざけることを経て
やっと味のある、説得力のあるプレイができるのだ、ということ。

これは若い頃から思っていたことで、できる限り実践したとは思うものの
ここ数年振り返ると、つくづく穴が多い。

もちろん、自分の境遇の大きな変化もあるが、多角度に加えて縮尺の振れ幅に
毎日驚くばかり。逆を返せば常に新鮮。

長く聴いてこなかったタイプの音楽を久しぶりに聴くと、新しい発見がいろいろあったり。
耳は確実に肥えているから。
脳のどこかが勝手に制限をかけてきたつもりでも、実はキャパは増えていたりするのだ。

変わることと、変わらないこと。できることと、てんでダメなこと。極めるべきこと。
難しいからいいこと、簡単だからいいこと。うるっとすること。
今年も追っていこうと思います。


北陸の状況

報道や SNS、知人から伝わり知れる範囲ですが、物資や輸送、天候、余震、地盤、原発、
とても心配です。
被災された方々が日々、辛さをほどけ、少しでも早く。

義援金といってもどこの主催がよいのか、などと悩んでいましたが、何がベストかなど結局わからないわけで、県庁や、使っている金融機関に、微力ながらお送りしました。
いろいろな経路を通して、全国から大きな額が寄付されているようですが、本当に困っている人たちに行き渡ることを切に願います。

twenty-twenty-four

謹賀新年

平和を望みます

いつものように海岸で、年々賑わってきている元旦の太平洋岸で写真を撮りました。

ただし今回は色を想像に寄せました。

イメージに近くなって、公開したいな、と思っていたのですが、
西陽の入る部屋で、初仕事に向かっていると
揺れを感じました。

遠い、がとても大きい。

本州の反対側、日本海、能登が震源。


北陸は、子供の頃は若狭湾に海水浴に行ったし、
雪の加賀温泉は特別な思い出です。

学生時代は、能登から来たMくんに大きく感化されたし
…彼はインドに行ったきりですが

それからだいぶ年を経て、演奏で魚津や氷見に行き、街並みや漁のこと、高岡の工芸、
また南砺や金沢、行けたところも、まだのところも含めて
北陸にはどこか、里帰りのような、ルーツの感覚があります。

なかなか状況も伝わらず、行くこともできず、
あっという間に立ち上がった義援金もどこがどこまで信頼できるのかわからず
(それも言い出せばきりがないのでしょうが)とてももどかしい。

でも被災した方々はそれどころではないでしょう。

少しでも被害が早く、軽くおさまりますように。

ことに輪島や珠洲や穴水、七尾で、平穏な日常は遠いのかもしれませんが、なんとか命を守り、
避難所でも辛い思いなく過ごせますように。

よりによって元旦になんで。
だけど人類が決めた暦も、天体からみればごく僅か。
かないません。僕らは自然のこと、少ししかわかっていない。

それでも、人間ができることはあるはずです。

愚かな間違いを冒さないように。火事場泥棒に走らないように。
自然を畏れ いのちと共に慈しめますように。

現地の方々が身を挺して救助や支援をされている中
すべての文字が無力に思えてならず、更新もできませんでしたが

願いをこめてご挨拶とします。

中央ちかいある一点とグローバルシャッター

吉田直哉さんという方の著書に『脳内イメージと映像』というのがある。
1998年に出た本で、発見したのは2008年。そのころ愛読していたのだが、読み返すとやはり深い。

この方は主に NHK の特番や大河ドラマの演出を手がけ、後年は司馬遼太郎との協業、また執筆を多数残している。
とはいえ、ちゃんと読んだのはこの本だけだ。また深追いしてみようと思う。

ともあれ、この本の中に、井深大氏との会話のくだりがある。ソニー創業者の彼は云う。

いまはコンピュータ万能の風潮だが、コンピュータはまだまだ駄目。たとえば画面の中央ちかいある一点を認識させる問題を与えてごらんなさい。コンピュータは画面上の左端から右端へ走査しながら、だんだん下へおりてきて、その一点をとらえる。そこからそこを過ぎてまた何もない領域を走査して行って、最後まで行ってやっとその一点を確認するわけでしょう。

ところが、人間はパッと一目でその一点を確認できる。このメカニズムを学ばないかぎり、コンピュータは人間に近づけない。処理速度の問題ではないのです。根本的なメカニズムの問題だ。だから、心の中のイメージを描く映像も、いままでのデカルト的映像ではなくて、根本的にメカニズムを変える必要があるのではないか? ミクロに置き換えられた非現実の世界のように。

視覚の本質をついている。この日付は1988年11月、とある。

35年経って、グローバルシャッター搭載の民生用カメラが遂に Sony から発売された。
センサーの左上からではなく、全面を一気に読み取る。
そのため高速で動く物体を撮っても画像が斜めにならない、つまりこんな「ローリングシャッター歪み」が発生しないわけだ。

だがこういう現象は副産物であって、本質は人間の知覚との違いをどうクリアできる(た)か、だろう。

あいにくアンチソニー製品の僕なので、α9 III にさほど興奮することもないが、
ソニー開発陣は、井深さんの遺志を継いでいたんだろうな、と想像する。

そんな凄さは素直に認める。Sony ってすごい。

他のメーカー、もっと頑張ってほしいな。

もっとも僕のイメージとしては、人間の視覚をより触発してくれるのは、まず画面中央ないしメガネ型の領域から、放射状にスキャンする方式だと思っているのだが。

こんなこと、AI はとっくに学習済みだろうか?
それとも「レンズシャッター」方式ならば、これは実現済みっていうことなのだろうか?

ふりかえる

世の中はクリスマス休暇というやつか

ようやくのんびりムード、あるいはお祝いムードになってきたようです。

いや、今日一日外に出なかった自分がそう思うだけで、街ではいろいろ

争奪したり競ったり、のんびりどころではないのかもしれない。

それどころかミサイルが飛び、何の恨みもない筈の離れた国の若者が徴兵される
世の中だ。何度嘆いても怒っても足りず、逃避しているだけなのかもしれない。

John Lennon のあの歌を、本当に世界に雪と共に降らせたい。
それもひとつのこころの象徴として、なのだろうか。

しかし、そんな彷徨うこころのひとつである自分なりに、
ぼちぼち今年を振り返る。

これまでより、音楽に向かう時間を多くとった。
人前での活動の多寡に関わらず、改めて音楽は深いなと思ったものだ。

若い頃早々と挫折した、あるいは読み飛ばした譜面に
再び向かう。そんなことができて幸せだ。
とっくに手遅れ、なのかもしれないが、一方で、ずっと待ってくれた音符や休符に感謝する。

自分のライヴは実質的に、5月の一度だけだったが、
とてもいい内容のものができた。
課題は山ほどあるが、あんなライヴをする人はそうはいないだろう、とは思う。

あの後、「何度でもできる」という余韻はあったものの、7月、9月、11月、そして12月が過ぎ、
ふりだしになった。僕はイメトレ派なので、また、どこかでやるとき、その場所を思い浮かべ、曲をつくることから始めるとおもう。

そしてこれも遅ればせながら、ひきがたりをはじめた。

包括契約(難しい名前だが)とやらで、カバーをやってもちゃんと作者に還元される、という約束らしい。
それを信じつつ、好きなカバーや、オリジナルを、
カバーは主にその人たちの誕生日やその周辺に、思いついて、できそうなときにやってみる。アコースティックベースと声だけで。という縛り。

これまでにやった「満月」「新月」などの縛りも、絶対自然条件として大きかったのだけど、ミュージシャンの誕生日を調べてみると、これが(あたりまえながら)多いのなんの。ひっきりなしに、誰かの B.D. がくる。とても追いつけない。

そんなわけで、今年は多くの人をカバーし損ねたり、トライしてうまくいかなかったり。でもたくさんできたと思う。

次回にお預けは、C. Hay, G. Hum, G.G, C.B, C.A, S.Copeland, A.Ross, L. Buckingham, D. Hall, S.L.B, Joni, 種さん, S.Bishop, Jimi… いっぱいいます。できるかでけへんか、わからんけど!

天体も地球も回るけど、そしてそのせいではあるが、いろんな人生が、つながってるん。

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