we are spirits in the material world

ビッグコミックスピリッツを2号買った。
美味しんぼ603、604話
フィクションでなく現在進行形の事に対して
意見をはっきりと記したという点、
対象を実名にしたという点で、かなりのリスクを覚悟した行動だと思う。
603と604でトーンの変化は感じたが。

勿論、この世には数えきれないほどの「実名」の人がいる。
また「団体」がある。
それぞれの意見、利害はさまざまだろう。それらを一つの漫画で描き切れるわけはない。
…そうすればするほど、傍観者になっていくから…

僕の記憶する限りでも、3.11以降
東京、千葉、静岡の知人や、知人の子供の中で
鼻血が止まらないと言っていた人が確かに数人いたし、
これらを無かった事にする「一部の役人」のペーパードライバー感覚は信じられない。

僕は気をつけていたおかげか偶然か、
今に至るまで鼻血は出ていないが。

こんな報道と平行して
現首相は「原発による健康被害はない」と発言している
まったくの平行宇宙感覚だ。

だが、僕らの棲んでいる空間は、残念ながら平行宇宙ではない。

昔、僕は世界史を専攻していた。
大学を出てからもしばらくは、歴史は人間のすべての行動、想いを含む、最高の学問だと思っていた。

だが、ある時からは「綴られる歴史」というものが
如何に「ある視点」でしか書かれていないか、ということに気味悪くなった。
起こったことをどう解釈するか、都合の悪い解釈をどう潰すか、それに躍起になってきたぼくら人類。
人がどれだけ死に、文化がどれだけ破壊されても「…戦争」「勝利」「敗北」で片付ける言葉の凶器。
甘えを、言葉で定着させれば、許される、と思っている何か。

歴史は繰り返すというのは、歴史は常に間違っているからかもしれない。
歴史が沈着し、固定化されていく事は、とても怖い事でもある。

そんな風に、今は思っている。

あらゆる手段で、情報のふりかけによって人が味付けされている今だから、余計にそう思う。

僕は、雁屋さんの考えの背景を支持するし、美味しんぼでの表現はその一部であると思うけれども
その行動を応援する。

問題提起は、フェイクで目を逸らされないための、僕らの生きている、しるしだ。

We are spirits in the material world
– これは、33年前にStingが投げたボール。キャッチボールは、これから。

噴水広場

淡路町にあるWaterrasという広場で
Jazz Auditoria 2014 に出演。

David Matthews Trio。
前から声をかけて貰っていたとはいえ、
リハ一回、いきなり伝説のミュージシャンとトリオを組んでジャズフェスのトリという、冗談みたいなシチュエーション。

The Selector ばりの Too Much Pressure、ここ一月ほど心拍数が上がっていた僕に誰も気づくまい。
でもそういうの、嫌いじゃない。

譜面を100ページ読み続けてバス椅子に座るモードからスイっちんぐ。

いざ始まると、楽しもう、とは判っているのだけど、
楽しすぎる Dave のピアノと波多江さんのドラム。

絵に描いたような様式美と逸脱

E. Gomez みたいな速いパッセージを期待されるとこでも、レゲエビートが入ればいつもの自分になる…

ka i ka n …

一時間はあっと言う間に過ぎた。

もっとこう、みたいなのがいくつかある。
またトリオできたら、もっと先に行きたい。

ariga to gozai masita!

千とあきと

ありがとう、青山劇場。

いくら感謝してもしきれない時間。

このロケーションが、また色々記憶を揺さぶるんよな。
向かいにあるLoop、Adbalooでliveしまくった日々、
沼さんと初めて演奏した豪雨の東京デザイナーズブロック
だけど劇場の中に入ることは、夢だった。それが叶ったかな。

最後はゾンビメイクをしてオケピに入り
本人たちは面白く
客観的にはそれはそれは怖かったと思う

しばらく間が空いて、次は名古屋です。

The Hand

「アダムス・ファミリー」東京公演中。

青山劇場はそれは素敵な空間で(これが壊されてしまうというのはどういうことだ?)
オケピからの眺めも壮観。

自分から舞台は見えないのだけど、縁あって演奏できることになった自分たちの音が、歴史あるこの劇場に交わり、人々に交わること、そこがスタートやな、と思っております。

相当面白いので、ミュージカルを今まで観た事ない方も、ぜひ一度。

名古屋、横浜、大阪も回ります。

ハミング遠慮ください

…スイッチング電源のアダプターって、
なんであんなにハムノイズが出るのだ?

新しいものがいい、とは言えない、典型。
なんでもない昔のBossのトランスアダプターで出ないノイズが、
最新型の某社のアダプターで出まくる。

ブーンブーン

でもBossのはプリアンプに対してバレルの長さが足りずにすぐ抜け落ちるので、
怖くて使えない。
どうしろというのだ?

ほんと、機材のスペックって当てにならない。

311と生命線

今日は色々なところで避難訓練があったり、追悼式があったりしたが、
どちらにも参加できなかった。

あの日の事、あれからの事は決して忘れることはない。
というより、あれを境にして、やはり僕の人生も変わっている。

人がどんなに流されやすいものか、
どれだけ、病んでいる人が多いか、
どれだけ、僕らが生きているということが奇跡に近いか。

どれだけ、争いや責任転嫁がみっともないことか。
がんばってる筈の人が、何故か自発的に不都合な真実に蓋をする。
なんでだろう?

言いたい事があれば、矛盾が百発あってもまずは聴くしかない。
そうやってギザギザなパルスを交換しなければもう生きて行けない人類。
さびしいんかな。おれら。

だって、元は砂だったんだもんな。
もしかしたら、スマホで転送される電磁波にも満たない地下鉄の中の人の心。
新聞勧誘のノルマンディーにも上陸できないウミガメ。
たまたま赤い色を発してるだけの誰かのほっぺた。美しいけど。

こんな戯れ言も言ってられない、天災、人災。
ひっくりかえってる技術に烙印も押せない、印鑑係。

これから、変えて、いきたいね。

めんたるわーるど

グラミー、Lordeのスピーチが恐ろしく深い。

ここでも、ナオミ・クラインのショックドクトリンが取り上げられている。

清志郎さんが最初期から唄っていた「言論の自由」。
初めて聴いたとき寒気がしたこの曲、
ここでの「自由」と似て非なる「自由」が確実にこの世を覆っている。

70’sから 80’sから 90’sから 0’sから 10’sから

今日のPM2.5にしても、根っこはここにある。自由競争の果ての微粒子。

だがどうして彼女は this world is mental という言葉を使ったのだろう?

ポリカーボネートの武者

一昨年に「行方不明になった」iPod Touchが帰って来て、
だからといって使い道もなく、ひしゃげた筐体を哀しく光らせていたのだけど

Tascam iM2を手に入れて、ようやくというか、なんとなくというか
レコーダーになることになった。

ADは44/16だけど、音の質感は悪くない。
しかしこんな使いにくい機材、久しぶりだ。

マイクを挿すとイヤフォンが挿せないし、一度マイクを外して再生しようとすると
バグの砂嵐。

あとは長時間録音ができるかだな。3時間ぐらい録りっぱなしできればとりあえずいいのだけど。

ニュースを見ればVAIO撤退かぁ。最終モデル触る事多いけど、MacBook Proと並べると、オモチャだもんな…

画面が汚い…
裏面の質感が悪すぎる、というより無いに等しい(日本メーカー共通)…
すぐにファンがうるさくなる(8年前のMacBookよりはましだが)…
トラックパッドが使いにくい…

軽くて起動も早くてそれなりにデザインはいいだけに、惜しいパソコンだと思った。

海にて舵をとる

和田秀樹の「甘えの成熟」が書庫にあったので読む。12年前の本。
タイトルは古さを感じさせるが、他で気になっていた理屈と通じる気がした。
— 自立とは、依存である、というやつ。安冨さんか。

賛同できない部分もあるが、冷静な分析が随所にある。

イニシエーション効果。認知的不協和。まず、この辺り、いい戒めになる。

以下雑感と己の宇宙観。

世紀末〜零年代初頭に撒かれた「自己責任」論とは、財界側がコストカットに有利なように決めたルール、の地ならし。
個に分断され、敗者はバタバタと倒れて行った。
あるいは、弱者の宝であった「連帯」は、価値観レベルで見事に潰された。手練のストラテジー。
小さい独立が光に見え、網にかかった者も沢山いる。
「スガンさんのヤギ」みたいに、幻の「自由」を欲した者もいる。
あるいは、「個」という名の新たな束縛が、村八分以上に作用している場面だってある。
まぁ、そんなことが、当時この手の本など見向きもしなかった自分でも、わかるようにはなった。

ところがいくらコストカットをし、合理化しても、不景気は変わらなかった。
需要と供給ならば、需要が不足しているのに、正常な意味での需要を育てる努力を政官財は全く怠った。
消費税増、賃金下落、自己負担。物品価格下降は生産者にも購買者にも罠をかけた。

世界の工場の任期を、日本がとっくに終えていることにも、早く気づくべきだった。
世界の資本家にも死の商人にも、なれもしないことにも。

同じ過ちを、何度繰り返すこの國。
日付変更線では、圧倒的に世界のリーダーなのに。

秋葉原が米国人に人気がある理由は、米国にてミドルクラスが破壊されたことにも起因する、
だから、秋葉の売り上げを基に海外戦略を立てても失敗する、という。
確かにアメリカは、少なくとも自分でわかる範囲では、90年代からろくな電化製品も売られない場所だった。
日本では考えられない劣悪なオーディオ、テレビ、こちらでいうハンズやアヤハディオ、ケイヨーデーツーとも比較にならないRadioshackという怪しいDIYショップ。— 逆に、自分にとってはいい価値観のシフトになった。
秋葉的、寺町四条下ル的なものなんて、無くてもそんなに困らなかったからだ。

テクノロジーではコンピューターだけが最先端だった。面白いバランスだと思った。
それでも、10年遅れで、しっかり日本はその後を追った。そしてコンパスを見失った。
GE製の原発は爆発したが、ムラ人は導入時のイニシエーションを未だに信じている。
日本のコンピューターは、ブランドも、OSも、サプライも、根絶やしにされた。
そして、テクノロジーが歪であってもそれを気にかけないぐらいのテンポ感やアナログな光、街の陰影に
どうも僕はまだ飢えている。

アメリカは国力(軍事力含む)を背景に昔も今も日本に圧力をかけてくる。
アメリカ政府の意見=米国民の意見ではない。
日本政府がアメリカ政府、経済界の意見に左右されていても、日本「国民」が左右される必要はない。

そして。
依存の上手い人間が、結局のところ上に立ちますよ、
ということに、冒頭から触れている。
それもその通り、なんだろう。

甘えられるのも、才能。わかる。
甘えられなくなるのも、才能かな。
違うだろうな。

でも、見る視点が変わると、すっごく、カミソリみたいに、削って行きたくなってさ。

心地よい世界を作る為に、輪郭をけずっていく。
刃が折れても、何かがなめらかになるように。

そうやって、生きてるのが、だれかなのかも、しれないな。

さっさと読んで書棚を空けようと思ったけれども、また振り返ろ。彼のブログ

賛同できない部分も多い。だが考えさせられる。学歴社会にもイニシエーションはあるだろう。

海にて舵をとっている人だな、とは思う。

Calendar

2024年11月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930