うみとやまへのたび 壱

9.α

Bshop 音楽祭の出番のあと

神谷くんの背中を写し
やたらカラフルな T であったがここは白黒に


大丈夫くん 剛くんと
楽屋のベランダからウルフルズを観て

メリケンパークに別れを告げ
「本の栞」に瀧澤日以さんと東郷清丸くんを観にいく。

ポップでファンキーで、面白い曲。
弾き語りだけど敢えてのエレキギター。
すごくオンでドライな歌とギターの音が、合ってる。
活版印刷の技師だったという彼ならではのお話。
とても面白い店。


本町から三宮を歩き

中華飯を食い


深夜のフェリーに乗り込む。

船上から港を、そして月とオリオン座をのぞむ。

明け方の
ブルーアワーを観たかったが
気づけばすっかり朝だった。

秋の舞台

ひさしぶりに依頼があり、大橋トリオのフェスでのライヴに参加することになった。

9月。いわゆる夏フェスが過ぎ、いい季節の「秋フェス」だ。
毎年ほぼ恒例の池上本門寺での「SLOW LIVE」と
新しくはじまった神戸での「ビショップ音楽祭」。

両方とても楽しみにしていた。

ツアーバンドを離れて久しく、その間は多くの凄腕ベーシストが
僕の代わり以上を務めてくれているので
(そもそも大橋くんが稀有な素晴らしいベーシストなので)
プレッシャーは感じていない。変な話、気楽なものである。

まずは単発で、先のことは考えずにベースで混じらせてもらった。

しかしそれにしても。2021の頭にいろいろ書いたが、ほぼ4年ぶりの現場は
だいぶ忘れており、だいぶ覚えており、不思議なものだ。

とはいえ音は正直で、自分でも許せるレベルになるには結構な準備が必要だった。

高木大丈夫くん、菊池剛くん。

初参加という彼らの演奏も、深い音楽性、瞬発力や集中力、どれも素晴らしいにつきる。

そして、貴重な二本のうち、SLOW LIVE ’24 は台風10号の危険予測により、開催中止。
メリケンパークでのビショップ音楽祭が唯一となった。

当日はいいパフォーマンスだった、と思っている。記録が残っていないので判らないけれども。
まぁ、やれるだけやった。その間で得るものも多く、ライヴ本番も楽しかった、ということだ。

その後のツアー(後日書いている)も、初日をフォトグラファーもどきとして観せてもらい、
音楽と視覚の、宝物だなと改めて思った次第。

演者、スタッフ、オーディエンス、みなに。
Have fun with music!

アフロアルバ


2024.8.21 release

アフロアルバ / Ray Kondo

アコースティックベースの弾き語りをコアに
鉄琴やカリンバやトライアングルや…でこしらえた曲。

短いことばでつづった、どのようにもとれる、ひらがなの歌詞です。
近い人にも遠い人にも、届くといいな。

アートワークは前回に続いて nakaban さんの画です。
恐竜のような、錨のような…これはなんでしょう。

この曲のイメージは色々あるんですが
その一つは
UFO が砂浜に不時着して、
人類が送った宇宙船もついに見知らぬ星に不時着し、
互いに近づいたら
音を奏で出した
…とかね。

https://friendship.lnk.to/afroalba_rk

偶然はどこから

「符合」に僕は弱い。
なにかとなにかが、全然関係ないところから同時に飛び込んできたりすると、おどろき、そのあとたいてい嬉しくなる。

それは感受性(アンテナ)の問題かもしれない。
本当は世界に偶然なんてなくて、
単に、当然のように流れている波を、アンテナが部分的にキャッチし、
それに驚き、ついでにそれを捉えたことを手柄と思っている、みたいなことかもしれない。

ソメイヨシノは一斉に咲くし、虫は一斉に鳴き出す。渡り鳥は巡る。
彼らは当然のように、太陽と月と地球の(木星もか)運行から生じる光や風や、熱や冷気や、生や死を感じ取り、自然に活動しているだけなのだろう。自然として。

人間でいえばテックや政府や、いろいろなメディアがいつも大量に波を送っているのだから、それを部分的にキャッチするのは、取り立ててすごいことでもない。鯉が撒かれた麩を食べているのと変わらない。

それでも、気になっている事柄が、百年近く前の出来事として書かれた本にたくさん載っていて、それをたまたま店の書棚で見つけて手に取った、というのは、僕のこの夏を少なからず潤してくれた。

救ってくれた、のかもしれない。実際、この本を読む時間以外は結構ハードワークだったから。

– これも誰かのキュレートなんだろうけどね –


アフリカは静かなところ、静寂を知るものが生きられる場所。

なんとなくイメージで、アフリカ 〜 砂漠 〜 サバンナ 〜 常に賑やか みたいなステレオタイプがあって、
アフリカ音楽、っていうと、パーカッシブで掛け声が続いて、全員が踊り出さずにいられない、みたいな。

その一方、僕が思い描く、好きなアフリカ音楽というのに、とても静かで繊細で、ゆっくり、でもすばやく、という印象があって、なんというか折り合いがつかなく。でもまぁ、もういいや、みたいに思っていた。

僕はアフリカに行ったことはないけど、
昔からアフリカンダンスが好きだったり(できるという意味ではない)
エピゾ・バングーラさんという、ギニアのグリオ(語り部)である、マルチプレイヤーの音楽家と、何度か一緒したことがある。
彼はジャンベもバラフォンも叩くし、唄い踊るし、その爆発力はすさまじくて、
でもコラ(アフリカの琴、瓢箪に竿がついていくつも共鳴弦が張られている、チューニングが超大変)を奏でるときは、こんなに静かな、止まったような時間が存在するんだ、と、そこにいるみんなが思う。

そんな感じで、僕がワールドミュージックを好きになるのは、むしろ静けさだったりする。
静かだから、色々なものが聴こえる。結果、賑やかになる。


これは僕自身の感じ方であり、音楽にしても世界にしても、とらえかたは結局、ひとそれぞれ、ということになるのだろうけど。

でも、冒頭からこの本は、そのことをすごく言語化していて

家畜は決して野生の動物のように静かにはできない。

文明化した人間は静止する力を喪失しているので、
野生の世界に受け入れてもらうためにはまず沈黙を学ばねばならない。

脈絡がわからないのにいきなりパラレルで比喩が飛び込んできたり。

これはカメラを使う場合なおのこと重要だ。狩猟家は自分流に行動することはできない。

風と合体し、風景の色や匂いと同化し、自然のテンポにあわせてアンサンブルをつくらなければならない。

自然はおなじ動きを何度となく繰り返すことがあり、狩猟家もまたそれに従わねばならない。

ひとたびアフリカのリズムをとらえれば、それはアフリカのすべての音楽に共通していることを体得する。この国の動物から学んだことは、私がアフリカ人とつきあうのに役に立った。

後のケニヤ、アフリカ東側の丘陵地にコーヒー農園を作り、17年間頑張った末にアフリカを去ったデンマーク人女性、カレン・ブリクセンの手記。ノンフィクションとも、脚色とも、とれる。

農場の経営者、すなわち「土地の人」を支配する白人として暮らしているので、そこかしこにぎょっとする内容も記されている。当時の倫理観、力関係なども結構あらわだ。

ひとまわり、ふたまわりして、こういうことは自分たちの周りにも起こるんじゃないか、と思ったりもする。

五百頁強、感心するような話ばかりではない。失い続ける話でもある。でも示唆に富んでいる。

そして彼女の想像力とたとえばなしの飛翔は、なんという。

stone temple pirates

何十年ぶりかに京田辺に車を走らせる。途中。

石山寺周辺の瀬田川にこんなに趣があるとは。

salty sugar ってなんだ? 誰の駄洒落だ、というところから「走れコウタロー」を教えてもらう。
ドリフのピンポンパンの「走れキンタロー」は知っていたが、パロディだったのか。

京阪電車の駅も、街道も、紫でおもしろい。
使えるものは使わなきゃ、というたくましさ。

紫芋パンを頬張って、バイパスへ。

なお、寺にはまた今度行こうと思う。

ふるえること とめること

morning dew

今回からディストリビュートに入ってもらった FRIENDSHIP. さんのおかげで、今までとはダンチに広い人々に聴いてもらえている。

嬉しい事です。Ray Kondo を聴いてくれる人はレアメタルだ、というのは、変わらないんですが。

ともかく、今までよくやってきたように、リリース前日にまだ録音してたり、近所に何かを撮りに行ったり、というペース配分ではできないことが、インディーの世界にもたくさんあるのだ。
今年後半もがんばっていこう。

この曲自体を作ったのは結構前で、それだけに自分の中で歌の内容はかなり熟成されている。
抽象的なうただが、いく通りかの解釈をしている。おそらく聴いた方は、また別の解釈をされると思うし、そう願う。

そのうちのひとつを、こちらに 書きました。

こう暑くては曲の解釈もどうも、ムズカシイんじゃないか、やっぱリリースの季節を間違えたんじゃないか、と余計な心配をしてしまう。けど。

peace.

ガゼルのように

「街のロンド」をじっくり振り返る間もなく、次のことが進んでいる。

同じペースで続ける事、の大切さを知りつつも、やらなければならないこと、忘れていることが多い。
それらをやれるのは、自分でしかないのだ(どの程度やれるかはともかく、自分の人生ですからね)

とまぁ、暑さでおかしくならないように、ガゼルのように、過ごしている。アンテロープのように。

kidan

夏が本気を出して…

梅雨の実感もないまま、また今年も灼熱の日々が始まってしまった。

太陽の位置はつい先日と変わらないのに、何がそんなに違うのだろう。
気団? メカパンダ団?

僕は夏が大の苦手なのだが、そんなことは言ってられない。

曲を作っている。思えば毎年、Mac は熱暴走するし、本人はやる気をなくすしでひどいものだったが

今はようやく、できないことはやらないという選択と、小さくてもちゃんと動く Mac mini と
バシバシファイルを捨てるあきらめの良さのおかげで、自分のやりたいことはある程度できるようになっている。

ときには夜中に。ベース以外の楽器だと隣にダメージ与えにくいから助かるな。

一曲つくって、また一曲。
アイデアならまだまだあるのさ。

水はうたいます

“morning dew” のジャケットをお願いした、画家の nakaban さん。
これは、まど・みちおさんの詩と nakaban さんの絵による「水はうたいます」
おふたりの作り出す渦がすごいことになってるんですが、中でもこのめくれてる右側ページの絵が、涙が出るぐらい好きで。

4月に大磯の SALO ではじめてお会いし「一緒に何かやりたいです」とダメ元でお話ししたら、どういうわけか「やりましょう」と即答してくださって。
驚いたのなんの、その後ひやひやしつつ家に帰り、それから FRIENDSHIP. さんにこのシングルリリースの話をいただいたので、思い切ってお願いしてみました。

(細かい経緯はちょっとだけ端折っています)

絵については
言葉と音を提示して、あとは完全にお任せ。

すごいです。

無意識に到達する芸術家 – その領域で、僕の音楽はどこまで響くことができるのか。
nakaban さんからの絵、そして便りを大きな励みに、曲を作っていきます。

これからも、お楽しみに。
アルバムは秋にリリース予定(目標)です。

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