おわりのはじまり

すくいがなくたって
つづきはだれかがかんがえりゃいいんだ

そんな風になってるのかな、って思う。

近頃出くわした話や観た物語や、ひっぱりだした記憶は
どうも輝きと谷が一緒になってる

全てを照らす光と
余韻のまま落ちてった誰か

そこでたいてい話は終わってる

処理しきれない結び

多分、今の人は「終わりよければ全てよし」なんて結論に頼らなくても
話を輪廻させていけるんじゃないかな

ふと、今の人のふりをする自分が
自分で考える。多分誰かの話の消し忘れでも
自分が引き受ける事だってできるんだろう。

シェアする

関連記事

  1. 2022.04.19

    うみあび
  2. 2022.04.27

    mushi-kago
  3. 2003.12.20

    交差点
  4. 2023.03.02

    はるだから
  5. 2004.08.05

    アルミニウム

Calendar

2009年12月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

Category

アーカイブ