昼、練習に出かける。
扉を開け、久しぶりに見た猫にまた逃げ去られ、苦笑しながらいつもの場所へ。
駐車場はほぼ満杯で、そんなに出歩く人いるんだろうかと思いつつ
目的地はいつもに輪をかけて、誰もいない。
僕は、本当に人の居ないところに縁があるらしい。
体の軸がまただいぶ歪んだな、と思い、直しながら4時間。
高野寛さんの日記。
note でも読めるのですが、サイトの方をリンク。
https://www.haas.jp/post/2021-2-11(木)戦争と平和
僕がずっと感じてきたことも、これに近いです。
英雄物のドラマにせよ大河にせよ、そこには必ず
物語を彩るために影になった側の人がいる。
そういう意味では、近年の明智光秀再考*などは興味深いですが。
今日は建国の日。世界にはさまざまな建国の形があるとはいえ、
そこには、誰か、あるいは集団を称える形で作られた、
フラットな目で見るとぎょっとするような物語が少なくない。
フィンランドについて、トーヴェ・ヤンソンの研究史を唸りながら読んでもほんとにそう思う。
(先日からトロトロ 進んでいるのですが、ただいま十二章。面白くなってきました)
高野さんとは、実際のところ、まだほとんどお話しできたことがない。
– 京都のタクシーで、同席させてもらったことが懐かしい – のですが、
この方のセッションに参加できたことがターニングポイントの一つであり
ずっととても感謝しているのです。
* もちろん、光秀も戦国「英雄」の一人です。その後ろには無数の。