わすらふ にんげん

キーウ(キエフ)生まれのポーランド人、バレエ・リュスで世界を席捲した天才ダンサー、革命的な振付師、大戦期を心の向こう側で過ごした人、映像の残らぬその跳躍と動き。

ワスラフ・ニジンスキーについて、これまで何も知らなかった。
父が書棚に遺していった河合隼雄の著書。数年かけて読んだり挫折したり。
今年ようやく読んだ自伝の後半に気になるエピソードがある。
それが「ニジンスキー夫人」ロモラとのやりとりだ。

ハンガリーの貴族だった彼女はマルチリンガル、とにかく外向的。
ダンサーのひとりとしてバレエ・リュスに潜り込み、憧れのニジンスキーを射止める。
それも、ワスラフの(公私共の)パートナー、バレエ・リュスの総帥ディアギレフが
船旅を恐れて乗らなかった、米大陸行きの船の中で、だ。

なんという凄腕の…

だが彼女はそのことを生涯、密かに悔やむ。
そして河合氏にあるときそっと耳うつ。

運命は誰にもわからない。
ものごとの因果応報もわからぬものだ。

ニジンスキーはどうして、心の向こう側に行ってしまったのか。

当時最高の心理学者たちにも、ついにわからなかった。


こんなわけで、僕はかなり斜めからワスラフ・ニジンスキーのことを知った。

The Rite of Spring (春の祭典)で、彼はストラビンスキー、リョーリフと共に舞台芸術に革命を起こす。
知識としての音楽理論に乏しい彼は、感覚と、団員を直に使ったデザインで - ダンサーたちにとっては過酷極まりない制作期間を経て(それを界隈では「プロ」というだろう)、奇想天外な踊りをつくりあげた。

かしげた首、変拍子のストンプ、DJ プレイのように繰り返される不思議な旋回。衣装。表情。生贄と運命。なんという。

パリをロシアが揺さぶった日。

そしてロモラとの出逢い、ディアギレフとの決裂。

5年半後、ニジンスキーはスイスで「神との結婚」「戦争」と形容した舞踏パフォーマンスを行う。

その場にいたすべての人間にショックを与えたのち、その心は向こう側にわたってしまう。

“Schizophrenia” の名付け親であるブロイラーをはじめ、ビンスワンガー、フロイト、ユングといった精神分析の巨人たちも彼を連れ戻すことはできなかった。

その後31年、彼は生きた。
人生の半分を天才として愛され、崇められ、おそれられ、半分を所謂「統合失調症」患者として。
ドイツからロシア占領下に移ったハンガリーで兵士に発見され、なぜ故国の英雄が、と驚かれた彼は、穏やかにロシア語で話したそうだ。

二人好き。本来は、にんげんがすきでしょうがないひとだったのだろうか。


ある年齢をこえると
大人は急速にダジャレに惹かれていく

これを人間は
「連合弛緩」の予防や対策として用いているのじゃないかと僕は思う。
連合弛緩とは、言葉の連想を無視した(かのように思われる)発想の飛躍。
いわゆる統合失調症のひとつとされる。いや、さっきネットで知った言葉だ。

ことばの連想は、事象の地平面に落ちようとする大人の生存本能なのだ。

あまり深みにはまらないように、ここからは軽く綴る。

芸術と精神異常はかみひとえである、とよくいわれる。

生涯、そのエッジを「ギリギリセーフ」として乗り切った人は幸せであろうが
そうなれなかった人が、歴史上には大勢いる。
そして「歴史」という恣意的な物語にならなかった人は、数えきれないのだ。

残念なことかもしれないが、アートに携わるもの、志すものは
いや、アーキテクチャーでもアグリカルチャーでも、何かを成したい人は
長い目で、精神を保つことに注意しておいた方がよいだろう。

危険なものは危険な香りがするものである。

Sonic Youth の Sister というアルバムに惹かれ、毎日聴いていたころ、
その一曲目のタイトルの意味がよくわかっていなかった。
いわんや、歌詞の内容である。

よくわからず、なんとなくかっこいいと思っているころは甘っちょろいのである。
それができるのが、若さともいえる。

だが、その重みは、いやというほどわかってくる。
だから、やはり、気づいたときには記しておきたい。

それが21世紀のダジャレ男、のなんとかなのだ。

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