一月はいぬ、
二月はにげる、
三月はさる、
やで!
小学校の先生がいっつもゆうとった。
ほんまやね。
前の投稿の如く、なんや1月の第一週が過ぎたころから
自分と世界の相対速度のずれにもはや諦めてしまった感。
身の周りと Live とに精一杯、やっと一息つけたときには
結構いろいろな事が「手遅れ」だった。
もういい加減、いつまでにこれをしようとか、成し遂げようとか、
自分や周囲に対する過度な期待はやめようと思っている。
というか、そんな諸々も、すぐに去っていく。驚異的な速度で日も月も過ぎる。
久しぶりに西に向かい、雪国の近江を蜻蛉返り、尾張によって来た。
なんで、年が明けただけで、こんなに寒ぅなったんやろ。
よーわからん。
地球が自転し、公転してるのがすべての原因。くるくるくるくる。
宇宙なんていってると現実逃避って思われるかもしれんけど、
いやいやいや、宇宙ってめっちゃ現実やで。俺らって所詮、宇宙現象の上でこの星の上でジタバタしてるに過ぎない、んやもん。
見るもの、感じる風、雨、ひだまり、それらすべて、決まり決まった(あるいは気まぐれの)星の運動とか角度の結果やし。
1日に何ができるか、って、この日が沈むまでに何ができるって、ふと気づくとものすごく毎日が短いのが実感できる。
しかもやで。
音楽なんてやっとったら、常に時間を巻き戻さなあかんやん。
練習なんかしとったら、何回も何回もやん。
クラシック曲の背景なんか知ろうおもたら、どないやねん。
ほんでもって、これから出来ようとする曲って、どんな投網やねん。
どんなに時を先取りしたつもりで即興とかやっても、それらの意味が伝わるのはだいぶ過去になってからやん。
誰かの感受性に投影されるまでは。暗室で現像されるまでには。
そんなわけで、時間芸術とかについては、写真という三つ目の表現手段をやや知りつつありながら、
あまり過度に期待せんことにした。
どうせ2026年も、明日には終わるのだろう。
カメラオブスクラ。ふたたび。
最近読む本はどれも示唆に富んでいる。
いや、いっつも「示唆に富んでる」いうとるけど、
こんなお粗末な語彙じゃ頭がほろびるな。