カテゴリー: muse

delicious, malicious, capricious

目覚めの芳しくない日が続く。

肩やら手首やら首やら。起き切らない。

今日みたいに雨模様だとほどほどに起きられる気がする。

ポッドキャストならぬ NPR のネットラジオを聴いて目を覚ます。

こちらは7時、むこうは15時という。シアトルか。

脳の追いつかないハイスピードの英語に、それでも慣れてこうと抵抗を試みる。

ぜんぜん関係ない dagale が脳裏をかすめる。つかまえる。

70年代の西海岸、といっても南の方では、サーフロックが盛り上がっていて、

Stephen Bishop は「タイトルの響きから」曲をつくっていたという。

なんだかとてもわかる。曲からタイトルを作るより、そっちの方がよかったりする

…ときもある。

てなわけで、この日記タイトルでそのうち何か曲ができる

かもしれないし、できないかもしれません。

ガーランドとスライダーキャスター

ふと、ラジオ番組をやってもいいかと、思う。

たまにこんな気分のときがある。前向きに、横向きに、全球向きに。

今ならポッドキャストもできるし、実際海外では読書より Audio Book の方が普及してたりもするようで

まぁそれなら語りとカタコトの楽器だけでも成り立つのかな、とも。


ずっと昔は FM ラジオも良く聴いていて
電波のあまり入らない滋賀から、発信源の大阪まで屋根でアンテナを伸ばしていた。

ケンウッドのチューナー使わないとあまり綺麗には聴けなかったけど、記憶の中では FM の音は
ノイズと共になんだか艶があって、音楽や DJ(ディスクジョッキー、語り)の人の会話も
わくわくしたような。美化されているかもしれない。

番組にはサウンドロゴもたくさんあって、既存曲の使い回しもあったし
Stones の “Undercover of the Night” や Tom Tom Club も使われてた。

当時 Naniwa Express の清水興さんが語りと、途中でちょっとしたベースフレーズを弾いてくれる番組もあって好きだった。
あの人は、当時レコードで聴けた日本のどんなベーシストとも違ってて、音色もタイム感も魅力があった。

型破りな人やなぁ、と憧れたものだ。たぶん、日本人のベーシストでそんな風に思ったのは彼だけだ。

だいぶ後になって、BM で対談(形としては僕がインタビューアー)をさせてもらったのは、いい思い出になっている。


本題に戻ると、曲を作るのって結構大変で

今年のペースだと発表できるのがいつになるかわからない。

一応 Q3 あたりを目指しているけれども、2年前のハイペースはどこへやら。

あまり曲にこだわらなくてもいいのかな、と思ったり、そうするとエピソードなのか、なんて

これは頭の体操レベルの話。


たぶん、ポッドキャストはやらずに、もたもた曲を作っていくと思ひます。

Boléro と Undiú

って

似てますね

モーリス・ラヴェルとジョアン・ジルベルト。

Undiú は1973のアルバム収録だが意識して聴くようになったのは
今は亡き詩人、フジマルヒデミさんのライヴを手伝ったときだ。

このコードはなんだろう、規則性はあるのだろうかと、いつも煙にまかれながら
今でも、そして未来永劫、曲の世界に聴き惚れている。

日付が変わって今日になるあたり、ラヴェルのピアノを聴いていたらポケット内 iPhone が勝手にボレロに切り替えてしまって、えっと今これじゃないんだよなぁとブチブチするも、やがて聴き入っていた。

その録音の質感のせいもあるのか、前述のように思った次第。

未だにジョアン・ジルベルトについてそんなに詳しくないけれど
この曲は別格に好きで、なんかその理由の一つがわかったような。

ラヴェルに影響を与えた師、ガブリエル・フォーレももっと聴きたい、
2022年(もう少しの)春である。

山の背

ブルーグラスに聴き惚れ
想像のアパラチア山脈を辿っていると
何故か核施設に道を見つけた音楽家を知る

とても素敵な活動をしてきたその人は
ルーツと煌めきを体現していたかのようだった
あくまで自然に

アパラチアの西部では炭鉱や油田が広がり
カントリーミュージックのリリックテーマとしても
よく挙げられていたという

オークリッジというその街は
テネシー州の東部にあり

のどかな街の名前は
カモフラージュのために選ばれたらしい

核兵器のために作られた街
今も廣島は彼らのマイルストーンとして記されている

どうしてその人がその道を選んだか
知る由もない
何重もの防護が必要なものがどうしてクリーンで安全なのか
そしてその防護は何万年どころか
10年前後の頻度で破られてきていることはポイントにならないようだ

ルーツミュージックがいくら素晴らしくても
超え難き壁はある

幾重もの壁 を 作る人 は よかれと思い

壁を 破ろうとするもの は 我が正しいと

点と線

ライスとパンチ

山と島々

むすびつき

弁当抜きでも

行ってみたいけど

まずは眠気の

世話をするかな

radio active

16分音符といえば

あるいはより細分化された音符といえば

Radiohead っていろいろなジャンルのミュージシャンに好かれてるんだなと

つくづく思う

ジャズピアノからフィドル、マンドリン、チェロ

曲がいいんだろな

アレンジか

想像への入口が広いというか

深いというか

かんせつてきに

まっすぐの視野を持てないなら

少し斜めに傾けよう

地軸は傾いてる

時間は常に動いてる

すべてのかんせつは

まわりながらそれをかんじとる

guide & light

その場で考えた音を録っていく。

あるいは、考えもしない音を、瞬間的に録っていく。

そういうこともよくしてきた。または、そんな音を後から聴き返し、覚え込ませることも。

最近は違うことをやっている。考え、書き、録り、聴き、また考えて書く。

これがとても建設的だったり、無駄だったり、理にかなっていたり、面白くなかったりする。

書いて形にすると、それ自体が一人歩きする。間違いや変えたいところが出ると、そっちに気を取られて弾くのを忘れたりする。
それは本末転倒でもある。ちょうど、試験前に勉強よりも部屋の整理に夢中になるように。

全部無駄、というわけではないのだけどね。

ガイドトラックとは面白いものだ。ガイドにもなるし、全くガイドにならなかったりもする。

そう、面白くないものに面白さをみつければ、たいがいのことはなんとかなる。
ある意味、それで幸せに生きていける。

だがふと我にかえったとき、それがいいのかどうかは別の話。

ガイドは光か、それとも影か。

new moon may

新月だった一日は

色々話し合い。

手首の使い方を見直す。

楽器を本腰入れて探求することに。

グロッケンをある形に – 別途おしらせを。

そんなはじまりです。

中で食べるべきか外で食べるべきか

SNS をやめると見事に世の中のフローから取り残されるので
日本の音楽界隈が今どうなっているのか、皆目わからず。

しかし一方、情報を遮ってつくづく感じるのは
シーンとは作り物 = 良くも悪くも集団幻想なので
それに乗るもよし、乗らないも吉ってこと。

手が届く範囲で、何かが起こっていれば、それがいいんだと思います。
古くても、新しくても。

とはいえ、知り合いの日記を読むと、驚いたりしますね…
思い出深い場所がクローズしたり、店の形を変えたり、すると…

熊本の TATOMIYA。ここも大変お世話になりました。

サンドイッチは美味しかったし

マスターは「トーキンブラザー」を気に入ってくださったし

flexlife に便乗して変わった演し物もさせてもらえたし…

で、なんといってもこの空間がいいんですよね

グリーンの場所にとにかく弱い拙者。

自ら訪れることは、もう九分九厘できないけど

近くの方はぜひ、まだイートインできる間に行ってくださいな。

パーティーは5/8だそうです。詳しくはこちらで。

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